過ぎ行く日々、色褪せない想い-31
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和子を送り届けた悠が家にたどり着いたのは午後九時を回ろうとした頃。
向かいの家を見上げると、カーテンが閉まっており、明かりも無い。
――まさか!
今日は家庭教師の日ではないはず。自分のスケジュール確認ミスかと思いつつ、自転車を急がせる。
暗がりの中、ライトが門のところにいる誰かを浮かび上がらせる。
相手も気付いたらしく、こちらに顔を向ける。
「美琴? どうしたんだ? こんな時間に外に……」
まさか待っていてくれたのだろうか?
淡い期待を抱きながら近づく彼。彼女の表情はにこやかなのだが、細い目は垂れていない気がした。
「こんな遅くまで外に……」
バシン!
頬を張る音は冷たい空にすっと消える。だが、頬の痛みと熱さはジンワリと彼にしみこみ、存在感を増していく。
「最低だよ。悠……」
「なんで……なにが……」
「後輩の彼女さんに手を出して、泣かせて……」
「いや、それは……なんで美琴が……それを……」
一瞬にして混乱する。
――あの場所に美琴が居た? どうして……。誰と……。誰かと!?
「言い訳とかしないの? 違うとか、そうじゃない。話を聞いて。本当は。信じろ……。言うてよ」
「いや、だって、違うよ。そうじゃないんだ。なぁ、話を聞いてくれよ。本当はそうじゃないんだ。俺を信じてくれよ……」
言い終えたところで彼女が鼻で笑うのが聞こえた。
「ほんと定型句なんね。悠の言い訳。そりゃさ、ウチには関係ないよ。悠と彼女と彼氏さんのことなんてさ。でもね、悠がそんな人だったなんて嫌だよ。悠は私の大切な幼馴染なんに、どうしてそんな酷いことするん? 好きあってる人の間に割り込んでさ、最悪だよ……」
「だから、それが誤解だよ。もともと俺と和子ちゃんはただの後輩先輩だって……」
「ただの後輩先輩なのに、どうしてあんな場所にいたの? あそこどこだかわかってるよね? ラブホテル街だよ? 何するところ?」
「そんなこと……、ならお前だってどうして居たんだよ……」
「なっ……、話逸らす気? さいってぇ……。というか、私が居たらいけない?」
一瞬怯んだあと、嫌悪感をむき出しにする美琴。彼女からそんな態度を取られたのは、しばらくはないと、悠も驚く。
「いや、だっておかしくないか? なんでお前も居て、弘樹も居て、和子ちゃんまで……?」
ふと気付く。
和子を呼び出したのが牧夫は、美琴を呼び出すことも可能。弘樹を偶然としても、自転車は……?
鍵をつけず、ステッカーには堂々と名前を記入している悠の自転車。家庭教師の帰りならいくらでも観察できるわけで、見つけるのも難しくないはず……。
――必然かもしれない……。
「美琴、俺を信じてくれ。今すぐには無理だけど、でも、必ずいつか本当のことを言える日がくる。今は和子ちゃんを守ってあげないといけないんだ。だから……」
理解の追いついた悠だが、目の前の彼女には追いつけそうに無い。
美琴は細い目からぽろぽろと涙を零し、唇をわなわなと震わせていた。
「酷いよ。悠……。あの子のこと好きじゃないとか、なのに守らないといけないとか、ウチには話せないけど信じろとか……。勝手すぎだってば……、いくら悠でも……そんなこと……できないよ……」
気の強い彼女が早口になるのは、本当に怒っているか、悲しいときだけ。漫画の影響で始めた話し口調も忘れるほどなのだろう。
「すまない。けど、絶対……。俺、本当は美琴のことが好きだから、だから、お前を悲しませといてそんなこというのは間違いだけど、でも、そのためだけに誰かを不幸にするわけにはいかない。だから、今は……」
「もういいよ。悠が何を言ってるかわかんないし……。それに、もう遅いよ。私は牧夫のことが好きだし、悠とは付き合えない」
「!?」
彼女は騙されている。牧夫の上っ面、取り繕われた表面と年上への憧れからだろうけれど、それでも悠にとって一番見たくない現実を晒され、胸が詰まる。
勇気というよりは、流れ流されての告白は断られ、彼もまた……。