過ぎ行く日々、色褪せない想い-27
電車を降りたあと、さりげなく牧夫を見る。
彼は特に気付く様子もなく、電車に乗ったままだった。
諸悪の権化をこのまま見過ごすのは複雑だが、狼狽する和子を奴と同じ空間に置くことはできない。
悠は次の電車を待とうとベンチの近くへ行く。
警報のあと、ドアが閉まる音がした。
もう大丈夫だろう。
そう思って振り返ると、なぜか牧夫の姿がある。彼は携帯を弄りながらだが、こちらを意識しているように感じられる。その証拠に、彼もまた改札に向かう様子がなく、たまに彼らを見ている。
――もしかしてばれてる?
そう感じた悠は、ひとまず和子を抱えて改札に向かう。
彼もまたそれに着いてくるが、それならまいてやればいい。
駅構内ならともかく、外なら逃げ場は自由なのだから。
悠は改札を目指して歩く。
それは牧夫も同じ。
――気付かれてる。
確信した悠は徐々に足早になり、改札へ向かう。
「先輩、ここ……」
「いいから、今は……」
「はい……」
背後の足音。改札に向かうだけのそれとは別に、明らかにこちらに向かっている気配がある。
振り向きたい衝動を抑え、改札口を手前にして切符を探すフリをする。渋滞を作ったところでようやく抜けると、二人はそのまま駆け出す。
向かう先は決めていない。とにかく走る。
ここから家までは駅一つ分。普段の部活でもランニングはこなしている。
駅改札から、誰かが走ってこちらに向かってくるのが見えた。
その向こうには例のスーツ姿もある。
――仲間?
先ほどからしきりに携帯を弄っていたのを思い出す。メールなりで二人の様相を伝えられたのかもしれない。そして、たまたま電車で居合わせ、追って来た。
偶然にしてはできすぎだが、用心に越したことはないと、めちゃくちゃに走り出す二人。
路地裏、表通り、とにかく走りつつ、家のほうへと向かうことも忘れない。
五分程度、走ったところで和子が悲鳴を上げる。
さすがの彼女も、もうばてたらしく、ひぃひぃ言いながら、近くの塀に手を着く。
「もう、大丈夫……だと思う……」
「ええ、多分……、ですけど……」
誰かがついてくるような足音はない。振り切ったのか考え過ぎか? それはさておき、近くの自販機でジュースを買うと、ようやく一息つける。
遠くの空では、傾きかけた日が、赤と青の混ざり合う、複雑な空を演出していた……。
**――**
部活でのことだった。
弘樹と模擬試合をしていたとき、彼は何度いなしても立ち向かってきた。
それは練習という概念を超えた気迫によるものであり、最後の胴をなぎ払ったところで、打撃と疲労で、ようやく膝を着いてくれた。
「今日はここまでにしておけよ。弘樹。つか、何かあったのか? 怖い顔して……」
面を取った彼は鬼気迫る表情で悠を睨んでおり、それはいなされた悔しさなどでは言い表せない。
「まだ、まだだ!」
「だめだめ。俺はこれから用事があるの。続きはまた明日な」
「先輩、逃げるんですか」
「なんとでも言ってくれ」
安い挑発に乗れるはずもない。今日は美琴の家庭教師の日なのだ。そうでなくても昨日の今日。きっと牧夫も部員から昨日のことを聞いているはずだから、何かしらアクションがあるかもしれない。
「ほらほら、いそがないと皆に悪いぞ」
道場の掃除、防具の片付けを終えた部員達は既に二人を待っており、悠は防具をつけたまま合流する。
「ああ……、それじゃあ全員、黙想……」
部長の号令により、部員一同シンと静まりかえる。
二十秒、三十秒。
いくら目を瞑ったところで煩悩は消えない。
今日もまた美琴を牧夫の毒牙から守らねばならない彼は、気が気ではなかった。