過ぎ行く日々、色褪せない想い-15
暗がりでもわかる。彼女は今笑っている。
今、恋をしている、場合によっては愛している男を前にすれば、当然のこと。
そして……。
「説明しなくてもわかりますよね」
二人の距離が近づくと、そのまま特殊な引力に引かれて唇が重なる。
「――!?」
悠の胸がぐっと苦しくなる。見開いた目に映るのは、暗がりで抱き合い、キスをする幼馴染と家庭教師。それは立場や年齢に若干の隔たりがあるものの、第三者が干渉すべきことでもない。もちろん、心情は別にして……。
「やっぱり……」
ぼそっと呟く和子の言葉に、悠は横目で睨む。
数秒。濃密な時間。生ぬるく、鬱陶しい時間。胸の辺りが苦しく、胃の中のものを吐き出したくなる。
「それじゃ……」
「うん。また今度……」
ようやくキスを終えた二人は離れ、別れを惜しむように互いに手を振っていた。
「ふぅ……」
ため息をつく美琴は、とぼとぼと玄関に向かう。
その時、静かな空間を乱す振動音がした。
美琴は自分のかと思い、ポケットを探る。しかし、そうではない。音はもっと背後からしていた。
悠は焦っていた。それは隣も同じらしく、慌てて携帯を取り出すと、電源ボタンを長押しする。
「誰? 誰かいるん?」
美琴がやってくる。お向かいということもあり、気にせず門に手をかけると、二人と目が合う。
「悠? 何してん? そんなとこで……」
「いや、別に、ただ、その、ああ、後輩が電話を落したっていうから、ちょっとな?」
「え? あ、はい……、なんか落しちゃって、それで今鳴らしてもらったから見つかって……」
「そんなところに携帯落すん? 変なのぉ」
訝しげに呟く彼女。表情は見えないが、おそらくは先ほどのことを覗き見されていたと気付いているらしく、言葉尻がとげとげしい。
「いや、だから、別に和子ちゃんとちょっと相談受けて、だから……」
「悠、正直にいいな。見てたんでしょ?」
「何を?」
「だから、先生とウチがそういうことしてたん……」
「いや、まぁ、そうだけど……」
「どうして?」
「いや、だから……」
「最近、メールもくれんし、なのに、こんなんして……、最低やわ……」
落胆した様子の彼女。おそらく秘め事にしたい好意を見られたゆえの苛立ちだろう。
「違うんです。その、私がいけないんです! 先輩にワガママ言って、送ってもらって、それで、携帯落して……」
「ふ〜ん、送ってもらってん……。なら、そういう関係なん?」
「そういうって……」
「ええやない。悠だってそういう年頃だし、むしろ、気になってたわ。誰かいい人いないのって」
「お前、なんか誤解して……」
「えと、貴女のこと知らないけど、でも悠をよろしくね……」
美琴は彼の弁明など待たず、和子に歩み寄ると丁寧にお辞儀をする。
「え? あ、はい……」
あっけに取られた和子は、何もわからずに頷いてしまう。
「はい、そちらこそ、菅原さんとお幸せに……」
「ありがと」
にっこり笑う美琴は去り際、悠の耳元で「可愛い彼女、大切にしないかんよ?」と告げると、そのまま早足で家に戻る。
彼女の残した言葉の意味。そして、甘い体臭に混ざる不快な臭い。口の中が異常なまでに乾き、鼓動がやけに高くなった。