『スープ』-1
「菜々子、最近彼氏とどうなの?ほらあの年下の」
会社帰りのディナータイム。おしゃれなイタリアンレストランで赤ワインを一口飲んでから真子がそう言った。
「別に…普通だよ」
ガーリックトーストをかじりながら私は投げやりにそう答えた。大学時代からの友人である真子は私と田中くんの馴れ初めまで知っているのだ。もちろん、あんな恥ずかしい部分は伏せての話だが。
「あら?さては倦怠期かな?」
眉毛を片方あげて真子が面白そうに言う。
私は真子の言葉を無視して、この店の売りである自家製生パスタを頬張った。もちもちした食感がなかなかいける。
「まあ社会人一年目と大学三年生じゃ難しいよね」
「うん。最近忙しくてあんまり会ってないし…」
「私と会う時間はあるのに?」
「もう。そんな意地悪言わないでよ」
膨れっ面になった私をみて真子が笑った。
そうだ。真子の言うとおり私と田中くんは絶賛倦怠期中でまさに危機的状況にあるのだ。
環境が変わって破局するカップルというのはとても多いらしい。ファッション雑誌を読んでも、就職を機に恋人と別れたというエピソードが載っているぐらいなのだから。
私達の場合は遠距離恋愛になったわけではないので、会えなくなってしまったわけではないのだが…。
「とにかく話が合わないの」
「話が合わない?」
「そう。彼が話す内容がすごく甘っちょろく感じるの。レポートが大変とか一限がきついとか…一限がきついって何だよ!私は毎日六時前に起きてるのよ!」
話しながらイライラしてきた私は思わず拳でどん!とテーブルを叩いた。近くのテーブルに座っていたカップルに怪訝そうな目を向けられる。
「菜々子、落ち着いて」
「ごめん」
真子になだめられ、私は運ばれて来たコーヒーに口をつけた。少し苦いけど、この甘いティラミスにはよく合う。
「それは仕方ないでしょ。田中くんはまだ大学生なんだからさ。菜々子だってレポート間に合わないってよく騒いでたじゃない」
「まあそうなんだけどさ…いざ社会人になってみると学生時代のきつさなんて屁みたいなものよ」
「でも田中くんの立場になって考えたらかわいそうだよ。ちゃんとメール返してあげなよ」
「うん…」
私と田中くんの間に溝が生まれたのは私が就職してしばらくしてからだ。
毎日遅くまで働き、朝早く出勤する。覚えることもたくさんあるし、休日出勤も多々ある。
そんな中、私はだんだん田中くんにメールを返さなくなった。帰宅後着信に気付いてもメイクを落としてお風呂に入るだけで精一杯ですぐにベッドに倒れこんでしまう。
それでも田中くんは全然わがままを言ったりしない。メールも私を気遣うような内容ばかりだ。
それなのに…それを読むことすら面倒だと思っているなんて自分でも最低だと思う。
そして真子に注意されたのにも関わらず、私は今夜もメールを返さなかった。