HOLIDAY-前編--6
「えっと……。いいんです。圭さんで」
意外にも。
美里さんは、はっきりとそう言って真っ赤な顔で微笑んだ。
姉貴はぽかんと口を開けて固まっていたが、そのうち笑い出した。
「まいった。やられた。完敗。圭ちゃんにはもったいない。もうちょっと圭ちゃんをからかう予定だったのに」
姉貴は両手をあげた。
「なんだか羨ましくなってきちゃったよ。んー」
姉貴は美里さんに寄りかかって、上げた手を美里さんの首に回した。
「美里ちゃん可愛いー。大しゅきー」
幼児語まじりで彼女を抱きしめた。
美里さんは最初はビックリしてぽかんとしていたけど、安心したように笑いだした。
「だいしゅきー」
悠太も混じって3人団子。
困ったような、嬉しそうな美里さんの顔。
「ほらほら。アンタも」
「やるか!あほ。」
僕はキッチンへいって水道の水を飲んだ。あー、落ち着かない。
「ウチはさ、縁が薄い家だったからね、家族ってのに憧れるの。…その辺の事情は圭ちゃんに聞いてるよね?」
姉貴が悠太の頭を撫でながら、そんな話をはじめた。
悠太は暴れ疲れたのか、姉貴の膝の上でとろんとした顔をしている。
美里さんが姉貴の言葉に頷く。
僕はつき合いはじめたその日に全部吐露した。僕らの母が所謂シングルマザーであること。姉貴と僕とは父親が違うこと。
「母さんは私の父親にも圭ちゃんの父親にも逃げられちゃったからね。そのせいだろうけど、母さんの実家とも疎遠でね。…姉弟やってると全然わかんないし、涼ちゃんと結婚した時もそうは思わなかったんだけど初めて悠太を抱き上げた時の圭ちゃんの顔見て、ああそうか。同じだったんだって、納得しちゃった」
「何があーそーか、だ?」
「家族が欲しいんでしょ?私、ずっとそうだった。ホームドラマに出てくるような。…サザエさんとか」
姉貴が自分でサザエさんとか言い出しておきながら何を思い浮かべたのか笑い出した。
「…ポジションがない」
変なことを思いついたらしい。肩を振るわせている。
またわけのわからんことを。
「今度はなに?」
僕は半ばうんざりしながら訊いた。
「マスオさんて柄じゃないし、カツオやノリスケさんみたいに要領よくないし、タラちゃんは可愛すぎるし、そしたらね、なみへい…」
そこまで言って僕を指さし吹き出す。
「なみへいー… っかない。頑固で真面目でマヌケ。 ひぃー…な、なみへいー…」
なんか知らんがツボに入ったらしい。身体を折り曲げて笑い出した。
勝手にしてくれ。
でも、波平云々はともかく、姉貴の言うことはたぶん、そんなに間違っていない。
…自覚してはなかったけど。