『溺れる魚』-9
最終章〜それぞれの明日〜
そうして僕たち５人はバラバラになったまま卒業の日を迎えた−−
恵がぼんやりと講堂を見つめて立っていた。俺は近付いて何と声を掛けるべきか迷った。
『彼女は元気？』
敬の姿を認め、先に声を掛けたのは恵だ。
『ああ、元気だよ。』
あと一週間もすれば、両親も馨もいる町へ帰る。
『そうだ。おまえとは色々あったからな』
俺は以前、恵がかっこいいと言った指輪がいま小指に嵌まっていることを思い出し、抜き取る。
『はい、餞別。礼はいらないぜ』
かっこつけて笑って俺は恵の手のひらにそれを乗せた。
『ありがとう』
恵の声を背中に聞きながら俺は学校を後にした。
『恵、泣いてるんかい？』
まったく京はそういう時だけ目ざとい。
『あれ？それ敬のじゃないの？』
本当に腹がたつぐらい目ざとい。
『くれたの、でも薬指にしか嵌まらないのよ。タチの悪い冗談みたいだわ』
唇が震えそうになりながら、やっとの思いでそれだけ言う。
『恵の言ったこと、当たってたなぁ』
苦笑まじりに京が言う。
『えっ？』
『俺は恵じゃなくてもいいって』
『それって今が幸せってこと？失恋女に惚気ないでよね』
思わず笑ってしまった。
『じゃあお幸せに』
指輪をぎゅっと握り締めながら、私は足早にその場を立ち去った。
『恵と何話してたの？』
少々きつい口調で蛍が言った。
『ん？俺たちがラブラブだってな』
余裕の笑みで俺は返す。思いがけない返事だったのか、蛍の顔が赤く染まる。
可愛いな
ついにやにやと顔が綻んでしまう。実際、容姿はいいし、料理は旨いし、ヤキモチなところと少々わがままな部分を除けば申し分のない恋人なのだ。俺にはもったいないかも、とも思う。
『さあ行こうか』
蛍の手を取って俺は歩きだした。
『桂に声掛けてこよう？』
遠くに見える共通の友人を指差して蛍が言った。俺は頷いて桂の方へ向かった。
桂には何度迷惑かけたか分からない。何度勇気付けて貰ったかも分からない。
『桂ー！！』
ありったけの声で叫んだ。
何故か桂はびくっと気まずそうに顔を向けた。
『今までありがとう、私いっぱい迷惑かけて桂に愛想つかされても仕方ないけど』
『ううんそんなことないよ、大好きだよ蛍』
桂は優しいからそんな言葉をくれる。
『私たち友達だよね？』
『うん、ずっと友達だよ』
桂の笑顔に安心する。いい友達といい彼氏を持って私は幸せだな。
『バイバイ』
『バイバーイ』
いつものように手を振り別れる。桂の気持ちに何も気付かずに…
『ずっと友達』
自分が言った言葉を噛み締める。
悲しそうな蛍より、幸せそうな蛍の方がいい。そう思うけれど、その笑顔を自分がさせてあげられないのがもどかしい。
もう逢うこともないだろう、もうすぐ私は田舎に帰るのだから。時間が経てばこの痛みは癒されるだろうか。
好きだよ、ずっと最初から…
桂は遠ざかる蛍と京の背中をいつまでも見つめていた。
［完］