第8話-2
早貴よりも早く帰ってやれば準備はできまい。
そう思ってはいたが、帰るのはどうしても冬の時期なら真っ暗の時間帯になってしまう。
何気なく開けている玄関も、警戒して開けられなくなってしまいそうだ。
だが、早貴が待っていると思うと開けないというのは出来ない。父親故の悲哀よ。
既に仕込みが済んでいるかもしれないドアを、恐る恐る開けていく。
開けた瞬間咄嗟に身を後ろに退いた。
果たして何が上から落ちてくるのかと思ったが、何も落ちてこなかった。
「お父さん?帰ってきたの?」
奥の方から早貴の声がしてくる。
何故迎えてくれないんだ。いつもなら喜んで俺の背広やネクタイまで外してくれるのに。
「早くこっちに来て。びっくりするよきっと」
手だけ出してひらひらとこちらに手招きしてくる。
長い手が風に揺れる草木の様にしなやかに動いている。
よく見ると肩まで見えているが、着ているはずの衣服の部分が無い様に見えた。
(まさか・・・早貴。いやいやそんなはずは、でも蒸し暑いからな・・・)
俺の娘は、恥じらいがあるものの積極的でそちらの行為にはあまり抵抗が無い。
だから、もしかしたら想像している通りの姿かもしれない。
「お帰りなさい、お父さん。うふふふっ」
・・・負けた・・・
外れではなかったが完全に当たりだったのでは無い。
想像では早貴は何も着ておらず生まれたままの姿だった。
いつも着けているオレンジ色のエプロン以外は。
文字通り、娘の方が一枚上手だったらしい。
「おっ、お前な、なんだその格好は。何のつもりだ」
「びっくりするよって言ったよね。その通りだったねお父さん」
思惑の通りだ。俺はあらゆる事で早貴の思うがままに行動している気がする。
ふと、自分が無数の糸で体を吊られ操られている様を思い浮べてしまった。
いや、早貴の場合は糸人形より指人形の方が似合ってるかもな、と下らない妄想まで浮かぶ。
「これからご飯作るから待ってて。お行儀良く、ね」
くるんと背中を向けたので、剥き出しのお尻が意に反して見えてしまった。
白い肌にオレンジのエプロン、その色合いで鏡餅を思い出してしまう。
そういえば早貴はみかんが好きだったな・・・ああ、そうだ。みかんを食べる時の顔もなかなか・・・
「ふんふ〜ん、ふ〜ん♪」
必死に厭らしい考えを掻き消そうとする父親をよそに、鼻歌混じりに俎板の上で具材を刻む娘。
見ない様に、見ない様にすればする程、明かりに吸い寄せられる蛾の如く、娘の体に目線を走らせてしまう。
包丁を叩く度に細いながらも小刻みに揺れる二の腕、
台所の前を移動する度にぷるんと波打つお尻、
きっと目線を走らせる際に赤外線が出るとしたら、左右の二の腕とお尻を結ぶ綺麗な正三角形が出来るだろうな。
何を作っているのか観察する余裕が無くて、鍋から漂う匂いでようやくカレーだと分かった。