昏い森-4
狼が身を大きく震わせる。
すると、真っ白な男の姿が現れた。
夜風にあの銀色の毛並と同じ髪の毛がさらさらと揺れた。
らんと黄金色の瞳を輝かせて、男はじっくりと暁を眺める。
「…暁か」
腹の奥に響くような声だった。決して大きな声ではないのに、威圧的で、その響に圧倒される何かがあった。
暁は頷くでもなく、ただ狼を見返していた。
「…犬の…臭いがするな」
男が暁に顔を近付けて、すんすんと鼻を鳴らす。
そして暁をみてにやりと笑った。
「黒犬が好きか」
暁はさっきよりも強く睨み返した。
狼は益々愉快そうに笑う。
「お前は、黄昏にそっくりだな」
男は慣れ慣れしく、暁に手を伸ばして豊かな黒髪を一掬い掴んだ。
狼の瞳が暗闇のなかでらんらんと光を放つ。
「姿形だけではない。黄昏も自分の守りの妖を愛していた」
どんなに男が気をひこうとしても、宥めすかしても、黄昏は靡かない。
毎日、守りを想って泣く。
透けるように白い肌、黒燿石のような髪と瞳。唇は熟れた果実のよう。
美しい美しい、黄昏。
さぞ、甘美な味がするのだろう―。
「嫉妬に狂った俺は、黄昏の守りを殺した」
狼の嫌な笑い声が森にこだまする。
「暁。お前は俺の贄だ。他の妖を想うな。さもないと、俺はまた殺してしまうよ」
狼は暁の腕をぐっと掴んだ。
そのまま引き寄せようとしたが、空が白み出したのに気付くと、踵を返した。
夜が明け始める。
森の奥へと帰る男の姿は、やがて銀狼に変わり、四本の足で駆け去った。
最後にちらりとだけ振り返り、暁を鋭い視線で射た。
東の空が白々と明るくなり、鳥が方々でさえずり出す。
鋭い瞳の、美しい狼は森羅と名乗った。
暁はその場にぺたりと座り込み、小さく呟いた。
「…暗夜…」
何故かとても寒々としたものが、胸に広がっていった。