第7話-1
「お父さん早く!席無くなっちゃうよ!」
俺より数歩分も先にいるくせに、早く行こうと促してくる早貴。
そんなに急がなくても相手は逃げたりしない。
ああやって向かう先にどっしりと構えていると、小走りで白いスカートがひらひらなびくのを見ながら思った。
日曜日はいつも俺と家に居たがるくせに、早貴の方から出かけようと誘ってきた。
それもその筈、今日は普通の日曜日とは違う。
一年に一度しか無い特別な日だから。
「もーほら早くして!いっぱい人入っちゃってるから!ホントに座れなくなっちゃうよ!」
映画館の中に入っていく人の群れを背に手招きしている姿は、去年も、その前も見てきた。
まだ家族揃って暮らしていた時もそうだ。その頃は早貴の隣に息子が居たなぁ。
並んで笑っていたあの頃を遠く感じる。果たして、あれから何年の時が過ぎただろうか。
・・・止めよう、離れて暮らす家族の事を考えるのは。
俺の傍にいるのは娘だけなんだ。それは、早貴も同じ。傍にいるのは父親だけ。
「何にやにやしてんの。分かった、急がないなら無理矢理連れてくからね」
早貴は遅い俺に痺れを切らしたのか、駆け寄りしっかりと両手で俺の手を捕まえた。
そして、自分よりも体重も身長もある俺を引っ張り始める。
「うわっ、とと、おい、危ないじゃないか」
「お父さんマイペースだからこうしないとダメなんだもん」
まだ始まるまで時計半周分くらいはあるのに、せっかちな奴だ。
満席、とまでは行かなかったが空席がちらほらあるだけでかなり埋まっていた。
真ん中辺りが空いていたので端っこの方に腰を落ち着ける。
「それで、どんな映画を観るんだ?そろそろ教えてくれ」
ただ映画に行こうと言われただけで、それ以外は何も言ってくれなかった。
当日まで秘密と言ってたがいい加減勿体ぶらないで教えてくれ。
タイトルすら知らないままっていうのは釈然としないからな。
「へへ〜。じゃあ教えてあげるね。何ていうタイトル?読んでみて」
俺にパンフレットを差し出してきた。いつの間に買ったんだ?
「・・・俺の、娘?」
「今日は父の日フェアで家族の映画やるんだって」
「ひねりの無い題名だな。そういうのはあまり内容もひねってなさそうだ」
皮肉で言ったのでは無い。
俺はあまり込み入った話は好きではなく、わりと分かりやすい作りのものが好きだった。
暇潰しにパンフレットを読んでみたら、予想した通り家族の愛情を描いた物語だった。
・・・家族、か。
俺にとっての家族は、今は娘だけだ。
妻とも息子ともすっかり疎遠になってしまって、今も傍に居るのは早貴だけだった。
その距離も危うい意味で近づいてきている。