【イムラヴァ:一部】第十三章 鷹の娘-9
「行方を捜してる」彼は言った。あたりには濃く甘い香りの煙が立ちこめ、周りの世界とは切り離された空間が出現したようだった。「ずっと探しているんだ、そいつは――」ここまで言うと、その女は手を挙げて彼の言葉を遮った。
「多くを語るのはおやめ。真実が濁るから」女は、しなやかで美しい身体を揺らし、カードを並べて占いを始めた。その動作はゆっくりとしていたが、あたりの空気は張り詰めていた。呼吸一つで、香の煙の流れが乱れ、カードに宿るかすかな意志が飛んで行ってしまうような繊細な雰囲気が漂っていた。グリーアには理解できない方法で、彼女が一つの言葉を導き出した。表になっているカードは、杯、星、そして女王のカード。
「杯は春、春に身ごもるリンゴ、リンゴを身ごもる大地、大地の子宮、冥界を表す。星は満足、運命のカード。女王のカードは、統治するもの(ルウェレン)を射す。喜べ、捜し求めるものは、この島に今も居る」
正直、グリーアには何のことだかさっぱりわからなかった。しかし、旅を続ける内に、カードの暗示はゆっくりと明確になっていった。鬱蒼とした森に囲まれた、西の果てのユータルス。かつて安産を司る女神を祀っていた神殿があったことから〈子宮〉の名を今に残している。神殿と、それを守るマクスラスの伝統が無くなって久しいが、間違いはない。敵は、そこにいるのだ。
ロイドは、星と女王の部分にこだわって、グリーアとは違う解釈をしたがった。しかし、実際のところがどうであるにせよ、求める者は西にある。2人は西へと向かった。
そしてあの夜、ついにコルデンの森に着いたあの夜、彼は一人で森を抜け出して村人に尋ねたのだ。「ユータルスの統治者(ルウェレン)は誰だ?」と。村人は口をそろえてこう言った。
「領主様はマクスラス……いや、アマデウス様さ。でも、ユータルスのルウェレンと言ったら、アラン・ルウェレンに決まってらあね。たいそうな名前だが、やることと言ったら悪戯ばかりの小僧っ子さ」
グリーアは、すぐにでも城に押し入ってそいつの息の根を止めたいと思ったが、性急な行動は慎むべきだと思い直し、ロイドの指示を仰ぐことにした。
しかし、一度ロイドの所に帰ると、彼は復讐を許さず、彼を止めた。カードの意味を慎重に見極めた結果、グリーアの探し求めるルウェレンは、彼の敵ではないという結論に達したのだという。グリーアは怒り狂った。心の中に抱いていた怒りは、ルウェレンという名前の男を見つけた瞬間から、もう抑えようがない程沸き立っていたのだ。
ロイドに怪我を負わせたことを、彼は後悔している。しかし、アランを旅の仲間に加えたロイドの判断は疑っていた。深い信頼と尊敬の念に包んで隠しては居ても、彼は確かに、自らの師に失望していた。確かに、あいつはハーディを救ったかも知れない。ロイドの怪我の手当をした。彼らを戦場から逃がす手伝いをした。しかし、あいつの口から、まだ真実を聞いていない。出自すら明らかではないのだ。普通の人間が、夜、森に入り込んで、躊躇わずにシーを助け、その輪に入ろうと思うか?普通の人間が、安寧な生活を捨て、トルヘアに追われる身になってまで、わざわざ逃亡者の一団に加わろうと思うか?普通の人間が怪物の主になどなれるか?
真実を聞こう。今夜こそは。彼は、ルウェレンが動き出すのを、息を潜めて待っていた。