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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】第十三章 鷹の娘-10

川底の石は丸く、苔が生えているせいで滑りやすい。何かが足をかすめて行くのを感じて、彼女は小さな声で笑った。水は冷たく、5分も浸かっていれば芯まで凍えてしまうだろう。彼女は岸に生えていた草をちぎって、それで身体についた汚れを擦り落とした。つぶれた葉から、ツンとする香りが立ち上った。

 月明かりの下露わになったのは、傷跡だらけの肌だ。やはり、ウィリアムの嫁にはなれない。野豚に噛まれた傷跡のある女なんて、あんな立派な領地の主には似合わないものな。体中の傷跡をながめる。それは、自分を女から引き離してくれるものだった。水面は、まるで解けた鏡のように銀色に輝いていた。そこに映った顔が揺れる。身体を動かすと、虚像は散り散りになった。

 とても静かだ。それでも、人を不安にする無音ではない。鈴の降るような虫の声、小さな水滴の音や、穏やかなせせらぎの音。生まれる前から変わらずにここにあるものだと思うと、不思議と心が落ち着いた。変わらないものがあると言うことは、それだけで心の拠り所になる。国を追われたエレンの人たちは、変わり果てた故郷を一体いつまで故郷と呼ぶのだろうか。霧と怪物によって永遠に閉じられたかのように思える島への道。あのまま、過去と呪いの牢獄となって地の果てで朽ちる運命を、あの島が背負っているのだとしたら、エレンの難民は、一体何を待ち続けて、こんな森の中で暮らしているのだろう。死の恐怖におびえながら、それでも――。



 霧雨が、ゆっくりと落ちてくる。雲の向こうに隠れた星の光を、ほんの少しずつ宿して。

 グリーアは目を疑った。

 彼女は光を纏っていた。すらりとした身体は力強く、女らしい柔らかさに欠けている。しかし筋肉を包むのは、白く、薄く、バラの花びらのような肌。彼女は力強く、しなやかで、性別を超越した美を内包していた。金色の髪には細かい雨粒が降り積もっている。まるで、優雅な冠のように。



 自分は幻を見ているのだろうか?



 静寂を破ったのは、アラスデアのうなり声だった。次にアランがグリーアに気づいて、声も出せないまま口を開いたり閉じたりしている。グリーアは弁解の言葉をひねり出そうとしながら、そもそもなんに対する弁解をしなくてはならないのか、自分が見ているのは本当に起きていることなのか、そもそもこいつは一体何者なんだと、止めどなく疑問ばかりが湧き出してきて、一向に考えが纏まらなかった。そうこうしているうちに、手近なシャツ一枚だけ纏ったアランがグリーアの胸ぐらをつかんですごんでいた。

「どういうつもりだ、この野郎」混乱しているのは向こうも同じなようだった。「一体何のつもりで……」

「それはこっちの台詞だ!」グリーアも何とか言葉を返した。「お前は一体何者なんだ!?」

「へえ、やっとそいつを聞く気になったって訳か、嬉しいね」アランは、笑いながらも怒りに口角を引きつらせている。「私のことは、アンタの方がよくご存じなんだと思ってたよ」

「お前はルウェレンだ」グリーアが言った。それで全ての説明が付くとでも言うように。「俺の家族を異端狩りに売り渡した!」

 アランは、ぱっと手を放してすう歩後ろに下がった。「何のことだ?」

 グリーアは、捕まれた服を直してから、いぶかるアランの目を見返して言った。


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