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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】第十三章 鷹の娘-8

 夜はあっという間に訪れた。そして、夜の訪れが雨を連れてきた。降ったのはほんの霧雨だったが、森の表情はがらりと変わった。陽光の下で喜びに満ちていた様に見えた森は今、目を閉じて祈りを捧げるようにうなだれて、闇に沈んでいた。一行は折り重なった木の枝の下に簡単なテントを広げ、そこで夜営をすることになった。アランは、みんなが寝静まったのを見計らって、アラスデアを連れて一人でそっとテントをでた。

「どうしたの、アラン?」テントから離れたところで、アラスデアがおずおずと聞いた。この生き物は、ほんの数日でかなりの会話能力を身につけた。今では、すらすらと会話が出来るようになっている。そのうち、文字を読むことも出来るようになるだろう。

「臭うんだよ、アラスデア」アランはうんざりとした声で言った。

「誰が?僕が?」アラスデアは傷ついたように首をすくませた。アランはそれを見て笑った。

「違う、私がだよ」脇の匂いを嗅ぐと、彼女は鼻に皺を寄せた。「おえっ。城を出て何日だ?えーと……4,5日になるよな。そろそろ何とかして身体を洗わなきゃ、自分の匂いで眠れなくなる」

「だって、周りの方がよっぽど匂いが強いよ、アラン」彼は慎重に意見を述べた。「洗っても寝られないと思う」

「うーん……まあ、気分の問題だな」アランも同意した。何人もの男が折り重なるようにして眠るテントの中は、耐え難いほどの臭いだ。とは言え、目覚める前に見ていた悪夢のことについては、彼女は語らずにおいた。あの虐殺の記憶が、何度でも夢に現れて彼女にしがみついてくることは。



 浅瀬に沿って旅をしていた彼らだが、歩いている内に、浅瀬は幅を広げ、深みを増し、立派な川になっていた。

「うう!」ゆっくりと服を脱ぎながら、夜の冷たい空気に身を震わせる。川の水はもっと冷たいだろう。しかし、背に腹は代えられない。アランは覚悟を決めて全ての洋服を脱ぎ、大きな岩にてをかけて、えい、と川底に足をつけた。



 黒煙が、追いかけてくる。

 グリーアは寝返りを打った。いつも見る悪夢の中で、彼は黒煙に追いかけられていた。同じ夢ばかり何度も見るせいで、夢の中に自分の思考が入り込む余地が出来るほどだった。彼は怒っていた、夢の中で――起きて居る時と同じように。

 慈悲を請う声を、あいつらは聞き入れなかったのだ。流す涙が、あいつらには見えなかったのだ。7年。7年もの間、彼はあの日の黒煙と共に生きてきた。生まれた家から逃げ出して7年。笑顔や幸福を捨てて7年。家族と友を失って7年。

 グリーア・フィッツスナイプ、エレンの歴代王家の家臣として名を連ねた「鴫の息子」たちの最後の一人は、その間ひたすらに、密告者を探し回った。静かなる希望を抱き続けるグリュプサイトの彼らを、血も涙もないトルヘアの野獣につきだした密告者の名前を。

 コルデン城のルウェレン。その名前は、焼き印のように彼の脳裏に残った。7年を費やして探し続けた憎き裏切り者。チグナラの占術師がその名前を教えてくれたのは、2年前のことだった。森を隠れ家にするのは、クラナドだけではない。いわれのない迫害を受け、見つかり次第殺される運命にあるのはチグナラも同じだった。森で出会えば、挨拶を交わし、情報を交換し、自分が持っている物を相手に分けてやる。あの日、ロイドとグリーアはウサギの干し肉を与え、彼女は占いでその対価を払ってくれた。目の覚めるような美女だった。顔は思い出せないが、危険なほどに美しかったことだけは、記憶に残っている。目が眩むほど、というのがしっくりくる。ただ、あまりに人間味がなかった。


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