第5話-1
「参ったなぁ、今夜一緒に風呂入ろうって」
考えすぎて、その事が相手に読まれた。そして口をついて出てきたのかと思ってしまった。
喋ったのは俺じゃない。梅田だ、目の前でにやけているニート寸前の男だ。
「誰がだよ。えりかちゃんじゃないだろうな?」
「そのまさかさ」
んふー、と鼻から捻りだされる煙が昇っていく。
このいやらしい男の毒素で汚染されてしまった様な、品の無い煙だった。
「・・・脅したのか」
「馬鹿言うな、娘からリクエストさ。お父さんとお風呂入りたいって」
「・・・幾ら積んだ」
「違うって。まあ、似た様なもんだな。欲しいものでもあるんだろう」
聞けば、昔からおねだりする時は風呂に誘われていたらしい。
でも・・・嬉しいよな、一緒に入ろうって言われたら。
例え無償では無くとも父親としてはとにかく嬉しいんだ。特に、年頃になった娘ならば。
・・・嬉しい・・・?
本当にそうなら何故こうも憂鬱なのか。早貴に誘われた時のあの笑顔の怖さを忘れてはいないのに・・・
もしかしたら俺は、このままずるずると早貴に誘われるまま、抜け出せなくなるかもしれない。
蜘蛛の巣にかかり、餌になるまでの時間を過ごす蝶はこんな気持ちなんだろうか。
(私は後悔してないよ。大丈夫だから)
あいつははっきりとそう言い切った。
学校にいる時は眼鏡をかけているので黙っていれば大人しそうに見えるが、子供の頃から自分の意見をはっきり主張する奴だった。
それでも、何が食べたいだとか、休みの日には絶対遊園地に行きたいとか、可愛い主張ばかりだったけれど。
「さ、そろそろパソコンと睨めっこに戻るか、相棒」
「・・・そうだな。ネットサーフィンの続きだ」
また難しい顔をしていた様だ。
梅田が缶コーヒーを俺に手渡し、片方の眉を上げてうっすら笑っている。
さて、データ入力に戻りますか。街の皆様のためにご奉仕させて頂きましょう。
そして、明日が土曜日だというのを一時的に忘れる為にも。