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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十二章:アラスデア-3

「失礼致します」

 入ってきたのは若い男だった。少年と言っても良い。浅黒い肌に、真っ黒な髪の彼は、骨と皮ばかりにやせ衰えながらも、子供をしっかりと背負って書斎に現れた。「難民の駆け込み村」との噂を聞きつけて、ついにチグナラまでやってくるようになってしまった。子持ちだろうが何だろうが、これ以上手をさしのべてやれるような余裕はない。部屋から追い出そうとすると、少年は優雅な動作で跪いた。

「私はエレンのアレクサンドロス・マクレイヴンと申します。コルデン城の城主、ヴァーナム・マクスラス殿にお願いがあって参りました」彼は、堅苦しい挨拶を終えて、安堵と疲労のこもった深いため息をつくと、言った。「樫の月が終わる前に、ここにたどり着けてよかった」

 城主は彼の言葉で、この少年が間違いなくエレンの民であることを知った。高貴な大祖霊の象徴である樫は、その祖霊にまつわる神話から、保護ともてなしを象徴する木でもある。古い慣習によれば、樫の月の間は、保護を求めて門を叩いた客人をむげに扱うことは許されない。

 よく見れば、左目の下に奇妙な入れ墨が彫られている。眼窩の下半分をなぞるように彫られた黒い羽根だ。渡り烏の片翼。間違いない。それは、エレンの王が住んだノイド城に仕える魔術師、マクレイヴン家の正統なる後継者を表す印だ。戦後エレンに渡ったという噂は聞いていなかったが、どうやらうまくこちらで身を隠していたらしい。それにしても、彼が後継者?ヴァーナムは驚きを隠して少年を観察した。まだほんの子供だ。

「どうか、この娘をここで育てていただきたいのです」少年は腕の中の子を差し出した。

 そこにいたのは、純白の絹と金の糸で造られたかと見紛うほど、美しい子だった。まばゆいばかりの輝きは、生まれた瞬間に彼女の上にあった栄光を閉じ込めたかのようであった。領主の妻は、神への捧げ物のように恭しく差し出された、眠ったままの少女を胸に抱いた。横からのぞき込んだヴァーナムの目、それから顔全体に驚愕が浮かんだ。

「この娘は――この子は、まさか」ヴァーナムは信じられない思いで、少年を見た。赤子は、年の離れた妹の幼い頃とうり二つだったのだ。「アデレードの……?では、殿下の御子が襲われたという話は……」

 マクレイヴンはそのとおりと言うように頷いた。

「領主様、どうかお願い致します。この娘は、エレンの民の希望なのです。王を奪われ、祖国を捨て、流浪の身となりながらも生きてゆかねばならない人々の希望なのです」

 少年の立ち居振る舞いは、幼いながらも気品と自信に満ちていた。彼が森を抜け、城に入った時から何も口にせず、いかなるもてなしをも受けなかったことは明白だった。目には、死にかけた獣のような気迫が宿っていた。

「よろしい」ヴァーナムは言った。「その子はわたしが預かり、大切に育てよう」

 少年はため息をついた。ぴんと張っていた背筋がぐらつき、疲労がどっと押し寄せたように一瞬よろめいたが、気を取り直すとこう告げた。

「くれぐれも、彼女の血脈を悟られぬように。たとえ一番信用のおける家臣にも、口外なさらぬよう気をつけてください」

「私を誰だと思っているのかね?」領主は辛辣に言った。「血の繋がったこの子の叔父だ。この子を守るためならば、何だってしてみせる」

 少年はゆっくりとうなずいた。それはこちらも同じだと言うように。少年は、魔法使いが王女の命を脅かすことがないように、城に厳重な魔法よけを施した。この城で魔法を使おうとした者には、重いしっぺ返しが帰ってくる。少年はヴァーナムの妻の腕の中で、安心しきったように眠る少女の姿を見ると、金品も、食べ物も、一夜の宿すら求めず、その日の内に姿を消した。

 十六歳の誕生日を迎える頃に、彼女を迎えにくる。再び王道に返り咲かせるためにと、そう言い残して。


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