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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十二章:アラスデア-2

 天光歴1322年 樫の月。

 ヴァーナム・マクスラスは、ふくれあがる小作人の名簿をにらみつけながら頭を抱えていた。新たな小作人は、多い時で月に二十人にもなる。皆、ユータルスの噂――エレンの民が唯一平和に暮らせる村――を聞きつけて集まった者達ばかりだ。中には夫を喪った女も居るし、腕や脚がない者も居る。女子供や、身体に障害を持った者は、小作人として村に招いたとしても自分の食い扶持を稼ぐことが出来ず、やがてはここを出て行かなければならなくなるだろう。はじめの頃こそ、村人や他の移民の助けを受けてやっていくことも出来るが、それが5年続いたらどうなる?甘えだけでは生きてゆけなくなる。とは言え、彼らのような人間をよその村へ行けと放り出すのも気が咎めた。ヴァーナムの父も、晩年同じ事で悩んでいた。しかし結局は彼らを受け入れた。出来る限りではあったが。情に流されて、と切って捨てるのはあまりにも容易い。とは言え、そのしわ寄せが、ヴァーナムの治めるユータルスに来ているのも事実だった。すでに、領地の財政は破綻寸前だ。何百人という移民に土地を与え、当面の生活費を貸して、赤字も赤字、血も流れようと言うほどの赤字だった。領民が増えた分、産出される作物も増えたが、その増産分が追いつかないほど人が増えているのだ。

「あなた、お茶をお持ちしましたよ」

 ヴァーナムは、妻が書斎に入ってきていたことにその時気づいた。険悪な眉間の皺が消え、心配そうな表情が取って代わる。彼は急いでいすから立ち上がると、茶の載った本を受け取った。

「そんなことはアガサにやらせればいいではないか」満足げにほほえむ妻をたしなめた。「身重なのだから。全く、お前がこうするのを誰も止めなかったのか?」

妻は穏やかな声で笑った。そう言う声を出されると、自分も彼女の胎の中の赤子になってしまった気がする。政略結婚で結ばれた2人ではあったが、愛情は確かにあった。珍しいことだが、起こりえないことではない。お互い敵同士にもかかわらず恋に落ち、愛に死んだ男女の物語がある。2人の場合は、死ななくてもよかったのだ。幸運なことだ。

「動いた方が赤ん坊には良いと、老イアンも言っていたのよ」老イアンの意見だと言えば、夫が口答えしないのを知っているのだ。彼女はそれ以上は言わず愛おしげにふくらんだお腹を撫でた。あと数日で臨月を迎える妻の腹は、今にもはちきれそうなほど膨らんでいた。過保護な夫は疑わしそうに聞いていたが、何か言う前に、ドアをノックする音がした。

「誰だね?」

「アガサでございます。旦那様、どうしてもお会いになりたいという方がいらっしゃいまして」

「今でなくてはならないのか?」

「はあ……急ぎの用件だからと仰られまして……」

ヴァーナムは妻に向かって眉を上げて見せた。「まただ。エレンの民は必ずそう言う……まるで魔法の洞窟の扉を開く呪文か何かのようにな」ヴァーナムはあきらめのため息をついた。

「いいだろう。連れてきてくれ」

「私もここにいてよろしい?」

ヴァーナムは驚いて妻の顔を見た。「何を言うんだ。いけない!都では大変な病がはやっているんだそうだ。もしうつりでもしたら……」ヴァーナムが言い終わる前に、妻は書斎のソファに腰掛け、ドアは再びノックされた。どちらへの対応を先に済ませようか考えあぐねている内に、もう一度ノックされたのでついに客人を書斎に招いた。あの勝ち誇ったような目つきで妻に見られているのを感じながら。


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