ジャスミン-5
どれくらいの時間が経ったんだろう?
ソファーの上で丸まる私にはいつのまにか毛布が掛けられ、東向きのテラスには、今日という日を告げる新しい太陽が生まれていた。
恋が終わったばかりの空っぽの心と寝不足の重だるい体に、憎らしいくらい5月の空が眩しく映る。
今起き上がったら、きっと私の体はパラパラと砂のように崩れてしまうことだろう。
「莉子…起きたのか?」
テラスに出ていた崎谷がそう声を掛けてくる。
「あ…崎谷。布団ありがとね」
「おぅ」
崎谷が私を見ずに小さく返事を返す。
豊と何かあったことは明らかなのに、崎谷はそれには触れず、手近な雑誌をパラパラめくっている。
「帰るなら送ってやるよ。豊が起き出す前の方がいいんだろ?」
私を気遣ってそう言ってくれてるくせに、怒ったような口調の崎谷が何だかおかしかった。
豊とは正反対の不器用な性格の崎谷。
でもそんな彼の不器用な優しさがちゃんと伝わってきた。
「崎谷はさぁ…何にも聞かないの?私と豊のこと」
「莉子が話したいなら聞いてやるよ」
いつになくいたわるような、崎谷のその言い方に、私の方がたじろいでしまう。
「ううん。やっぱ今はいい…」
「そっか」
ふらつく体を崎谷に支えられ外に出ると、どこからともなくジャスミンの花の香りが漂ってくる。
豊に夢中になっていたこのひと月の間に、長かった東京の冬もようやく終わりを告げ、季節は春へと移り変わっていたようだ。
現実の私と言えば、今は運のいいことに寝不足によって全ての感覚が鈍麻され、失恋の辛さは感じない。
きっとたっぷり眠って目覚めた時に、あらためて本当の痛みや苦しみが襲ってくるのかもしれない。
「元気出せよ!」
そう言って大きな崎谷の手が、ポンッと私の肩に置かれる。
あれ?崎谷ってこんなことする人だったっけ?
そう思ってふと見上げた崎谷の顔が、困ったように笑っている。
私は今出来る精一杯の笑顔を彼に向けた。
その時…ジャスミンの花の香りが、一瞬ふわっと強く香った気がした。