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ジャスミン
【片思い 恋愛小説】

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ジャスミン-1

 「莉子…眠くなったら先に寝ちゃって構わないからね」

 まわりの空気まで優しく包み込むようなその声は、私が大好きな豊の声。

 だけど当の豊ったら、さっきからパソコンに向かったきり、私には見向きもしない。

 「やっぱ迷惑だったよね。こんな風に急に泊まることになっちゃって…」

 何だか泣きそうな気分でそう尋ねた私に、豊が慌てたように振り向きこう言う。

 「まさか…。莉子のこと迷惑だなんて思ってないよ」

 いつもの穏やかな笑みを浮かべた豊と目が合った瞬間、トクンと私の心臓が飛び跳ねた。



 ――深夜2時。私がいるのは豊の部屋のベッドの上。

 そのパイプ製のシングルベッドに体を横たえ、スペースを半分開けたまま彼を見下ろしている私。

 ローテーブルに広げられたパソコンを前に、豊はカチカチと音をさせながら、世話しなくマウスを動かしていた。

 無造作にカットされたシャギーの前髪を、無意識にクルクルと指で巻き取る仕草は、彼が落ち着かない時にする癖だった。

 そんな豊を目の当たりにすると、ついさっきまで私が抱いていた淡い期待が急速に萎んでいく。



 豊と出会ったきっかけは、よくある街でのナンパだった。

 私が友達の里美と繁華街を歩いている時に声を掛けられたのが始まりで、豊も友達の崎谷を連れていた。

 人見知りしない陽気な性格の豊とは、前から知り合いだったみたいにすぐに打ち解け、その後もことあるごとに会うようになった。

 そしてそんな出会いからひと月経った今、豊との間を隔てる“友達”という名の壁に、無性にもどかしさを感じ始めている自分がいる。

 今こうして、深夜だというのに部屋に彼と2人きりでいるのは、私の気持ちを察した里美からのサプライズだった。



 「莉子。豊に好きな子がいるからって、何もしないであきらめちゃうのはマズイっしょ?ねぇ崎谷…」

 里美は甘えた声でそう言って、崎谷に意味ありげな視線を送っている。

 崎谷は身長180センチを超える体で、気持ちよさそうに伸びをしながら、「あぁ」とか「まぁ」みたいなあいまいな返事をしている。

 豊に好きな子がいるのを教えてくれたのは、この崎谷だった。

 そして2年間も豊がその子に片思いしてることも、その時崎谷の口から聞かされた。



 豊がこのひと月、私を友達以上の目で見ようとしないのは、その子のことを大切に思ってるからなんだよね。

 出会った頃から何も変わらない優しい豊だったけど、それでも彼が私との間に引いたラインは、頑ななまでにその子への思いを貫くものだった。


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