春2.5-5
『カチャン』
ドアのノブが動いた。
「！」
心臓が飛び出しそうなくらい波打って、持っていたお弁当を落としかけた。
顔…っ
顔作らなきゃ。
睨むんだ、邪魔者が来たような目で――
「よぉ、睦月」
「…」
でも入って来たのは小松だった。
永沢じゃない…
「隣いいか？」
「…あ、うん…、いいよ」
あたし、ガッカリしてる。
なんで？
小松が来たから？
それとも――
「…」
永沢が来ないから…？
「永沢なら来ねえよ」
「へ…」
「本社に行かせた。夕方まで帰ってこない」
「…あ、そう」
なんだ、仕事か。
そっか、夕方まで帰らないんだ…
「言っとくけどさ」
「何」
業務用の笑顔を作ろうとした瞬間だった。
「俺の前で顔作んなよ」
「え？」
顔を上げたそこにある小松の顔がいつものニヤけた顔じゃなくて、つられるようにあたしの仮面はポロリと剥がれた。
「ほら、その冷めた目が素だろ」
そーゆう小松の目も冷めたものだ。
「…いつから知ってたの」
「結構前から」
「ずっと知らないフリしてたんだ」
「まあね」
こいつ…、自分だって二重人格じゃん。
いつもと顔が全然違う。
「俺は松田や他の連中みたいなお人好しじゃないからな」
"松田"というのは小松の奥さん。
あたし達三人は元々同期で、松田が小松と結婚して姓が変わっても慣れ親しんだ松田という呼び名は変わらない。
「…だからか」
「あ？」
「あたしと松田を二人っきりにしないのって、あたしの性格知ってたから？」
結婚する前もしてからも、あたし達は三人で会っていた。
その時の小松は『俺も仲間に入れろよ』なんて言ってたけど、その頃からこいつはあたしがどんな人間か気付いてたんだ。