第2話-3
『もしもーし?お父さんどこ?一旦帰ってきたみたいだけど』
「なんで分かるんだ」
『だってテーブルにお酒あったから。買ってきたんでしょ?プリンありがとね』
・・・いつもと変わらない声。
さっきトイレに籠もって出していた声からは、想像も出来ない様なトーンだ。
『どっか行ってたの?』
「煙草。家で吸うと誰かがすぐ怒るだろ」
『ご飯冷めちゃうよ。今日はサバの塩焼きだから早く帰ってきてね』
どうして、そうやって楽しそうに笑えるんだ?
俺は・・・食べたい気持ちが起こらない。早貴が便座に座り込んだあの姿が瞼に焼き付いて・・・
しかし帰らないわけにもいかないので取り敢えず帰る事にした。
「おかえりなさい。どこまで行ってたの?」
ドアを開けるとすでに部屋着に着替えた早貴が迎えてくれた。
「ん・・・公園。つい煙草が旨くて吸いすぎた」
帰る時に気付いたが辺りはすっかり暗くなってた。早貴が心配するわけだ。
「はい座って座って。ご飯食べよ!」
・・・本当にいつもと様子は変わらない。
手慣れた仕草でコップにビールを注ぎ、泡が溢れる寸前の所で止まった。
食卓には大根おろしとレモンが添えられたサバと、豆腐とワカメの味噌汁、ひじきの煮物が並んでいた。
「・・・煮物が出るなんて珍しいな」
「お母さんに電話で聴いたの。懐かしい味がするよ」
普段は出ない物が出た。
たかがそれだけなのに色々と勘ぐってしまう自分がいる。
何かあったから、普段作らない物を作ったのか?
早貴の飯は旨くていつも食い過ぎてしまう。
よく俺の腹を触りメタボには気をつけてねなんて言うけど、それはできない相談だ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
早くも頬張り始める早貴をよそに、俺は普段より箸が進まなかった。
こんな美味しそうに食べる娘が、さっき・・・誰もいない場所で、自らの欲望を・・・
「どしたのお父さん?お腹空いてない?」
ほっぺを膨らませ、円らな瞳をこちらに向けてくる。
まるで栗鼠みたいにぷくぷくだったので思わず笑ってしまった。
「いや、悪いな。そんなほっぺ膨らませて、風船みたいに飛んでいきそうで」
「うるさい!」
すぐむきになるからやっぱりまだ子供なんだ。
・・・さっきから悪く考えすぎだぜ、悩んだらきりがない。食べよう。
「なんか、だんだんお母さんの味に似てきたな」
「うん。教わってたから。嬉しいな、私も少しは上手になったのかも♪」
サバを一口食べたら眠っていた食欲に火が点いた。口に運ぶ箸が加速していく。
「ちゃんと噛んでる?噛まないとメタボになるよ」