【イムラヴァ:一部】八章:クラナド-4
「いやあ、本当にありがとうよ」彼は男にしては高い声で言った。「こいつは俺たちの内じゃあ一番のちびなんだがね、いくら言ったって言うことを聞きゃしないんだ。やるなと言ったことをやる。やれと言ったことをやらない。水の中となると、ボーデンは役に立たんしなあ」
すると、ハーディがアランの隣から反論した。「別に落ちようと思って落ちた訳じゃないや」
「同じ事さね」うさぎの男は言い、火種に息を送った。小さな炎がたちまち燃え上がって、夜の闇に沈んでいた広間を浮かび上がらせた。「これで良し」
火の勢いが落ち着き、暖かさが体中に行き渡ると、白髪の男が、火を挟んでアランの目の前に腰を下ろした。他の面々も、火の明かりが届く範囲に集まって、長の言葉を待った。
「さて、改めてわしから礼を言わせていただこう。わしはロイド・ライサンダー。この者達を率いて、森から森を渡り歩いて旅をしている。聞き及びかも知れんが、ハーディはわしらの中では一番の年少でな。いやはや、無事に帰ってきてどれだけほっとしたか」アランの隣のハーディが、恥ずかしそうに身をよじった。
「私は、アラン・ルウェレン。親を早くになくしたので、森の外れのコルデン城で、領主様に養っていただいている身です」
その名前に、ロイドは奇妙な反応を見せた。驚きに目を見開き、何か言いたそうに口を開いた。しかし、その表情は一瞬で消えた。
「そうか、アラン殿」何事もなかったようにロイドは言った。「つかぬ事を伺うが、あなたはどうしてこんな場所においでになっていたのかな?それも、だいぶ遅い時間に」
アランは、自分がどうしてこの広間にこうして座ることになったのか、いきさつを話した。「私は、クリシュナという者を探していたのです。その、興味があって。森の奥で煙が見えたので、その、ひょっとしたら、と」
「村々で悪事を働く、大泥棒に興味がおありとな?」ロイドが言った。その顔には笑みが浮かんでいたが、冷たい嘲笑ではなく、アランの考えに理解をしめす暖かいものだった。そのことに勇気づけられたので、アランは質問してみることにした。初対面の相手にも正直に話してくれるとは思わなかったが。
「あなた方は、エレンから来たのですか?」
広場はしんと静まりかえった。彼らの間にぴんと張りめぐらされた緊張の糸の間を、互いの意志が細かな振動のようなに伝わるのがわかる。老人は快活に笑った。
「だとしたら、どうなのかね?」
アランはロイドを見た。彼の顔に刻まれた皺が、たき火の明かりと夜の暗さによって浮かび上がっていた。ふさふさした眉毛の下の目は、老いと智と、楽しげな光がきらめいている。物腰は上品で、こんな森の中で放浪生活を送るよりも、どこかの城で教師をするか、それこそ領主の肩書きを持っていても不思議ではないように思える。出会ってから一時間と経っていないのにもかかわらず、この老人のことが好きになった。
「あなた方がエレンの民なのだとしたら――」だとしたら、なんだ?アランは、言葉の途中でそもそも自分はどういうつもりで、彼らがエレンの民かどうかを聞いたのだろうと思った。なんだ、今になって急に、エレンに興味を持つことにしたのか?アランは自嘲した。私もあなたたちの仲間です。私はあなたたちの王の子ですとでも言うつもりか?やめておけ、自由になりたいのなら、エレンとは深く関わるな。
「何でもないんです。ちょっと気になっただけで」アランは首を振って、考えを整理した。たとえ彼らがエレンの民ではなかったとしても、彼らの身が危険なことに変わりはない。