春A-6
「俺は睦月と同期だから言えるんだけどさ、」
「…?」
「お前じゃ無理だよ」
「何でですか」
「あいつはお前の手に負えないもん」
「どーゆう事ですか」
「もっと簡単な奴を選んだ方が楽って事」
…小松さんのこの言い方、多分俺に気を使ってる。
この人は知ってるんだ。
本当の睦月さんがどんな人なのか。
「あいつの事は憧れ程度にして、お前はもっと――」
「睦月さんは良い人です」
「だからそれはあいつの」
「お先に失礼します」
聞きたくなかった。
好きな人を悪く言う声なんか、聞きたくない。
帰りにチラッと事務所を覗くと、睦月さんを含む数人が残業していた。
笑って楽しそうに話す姿も見える。
あれもウソなのかな。
『じゃあね』と言われてから半日もたたないうちに、すっかり自信が無くなってしまった。
俺にだけ見せてくれた顔は睦月さんの素顔なのか、それとも俺用の顔なのか…
本当に本当の睦月さんはどんな人?
俺は本当の睦月さんにもう出会ってるの?
こんな状態で本当に好きだと言えるのか。
今はそれすら分からない。
好きな人の笑顔は、キラキラ輝く高価な仮面みたいだった。