春A-5
昼休みが終わって、また仕事が始まった。
現場の機械の大音量の中では大声を出さないと会話は成り立たない。
そんな中、
「永沢君」
好きな人の声はすぐに耳に届いた。
振り向くと、笑顔の睦月さんがいる。
「この前あなたが頼んだ部品届いたから」
「あ、ありがとう、ございます」
小さな箱が俺の手のひらに置かれる。
そのたった数秒が、息が詰まりそうなくらい長くて苦しかった。
この笑顔が作り物だって分かってる。
俺だけに向けられるんじゃないのも。
だけど、話すなら今しかない。
「あの、睦月さん!」
「何?」
「あの、俺…、あの…、すみませんでした。もうあそこには行かないんで睦月さんは――」
ガチャンガチャン、と、大きな音をたてる機械の横で、今の俺の声は完全にかき消されてしまいそうなほど弱くてか細いものだった。
「別に、あたしに気を使わなくていいのよ」
「え?」
「あなたに見つかった時点で、屋上に行くのはやめようと思ってたの」
「…」
業務用の極上の笑顔は、俺にとってフラれた時より悲しい言葉を発した。
「でも俺のせいで睦月さんの―」
「あなたのせいじゃないから」
「でも…」
「じゃあね」
それから睦月さんは、他の社員にも同じように発注された品物を笑顔で配り歩いていた。
みんなに見せる笑顔じゃなくて、俺だけに見せてくれた笑顔が好き。
あの顔を見せてもらえる自分は、それだけで特別な存在だと思っていた。
でももう屋上に行っても睦月さんはいなくて―――
『じゃあね』
軽い軽いその一言は、俺には永遠の別れの言葉に聞こえた。
「いいよなぁ、新入社員は残業なくてさ」
のそのそと片付けをする俺に、同じ部署の小松さんが声を掛ける。
「俺は残業したいんですけど」
「何で?金に困ってんの?」
「そーゆうわけじゃ…」
ごにょごにょとはっきりしない語尾を聞き終える前に小松さんは俺をまっすぐ見た。
「お前、睦月の事好きなの?」
「えっ!?」
びっくりした。
指摘された事もだけど、この社内で睦月さんを呼び捨てる人間を初めて見た。