春A-3
「永沢」
「はい」
「なんか、意地の悪そうな名前」
「へ!?」
「頭のてっぺん尖らせてみてよ」
「何のアニメの話ですか!」
「いや、永沢って言えばね」
言いながらクスクス笑う睦月さん。
こんな冗談も言うんだ。
こんな楽しそうに笑うんだ。
俺永沢で良かった!
「永沢が嫌ならたつるって呼んでも」
「やだ、永沢って呼ぶ」
「お…」
付け入る隙は与えられない。
でもまぁ、今はいいや。
名前を覚えてもらえただけでも良しとしなきゃ。
「あ」
急に睦月さんは顔を上げて、いそいそとお弁当を片付け始めた。
「誰か来る」
「え?」
「あんたと一緒にいると思われるのやだから隠れるね」
「えぇ!?」
いいじゃん、一緒にご飯を食べる仲だって噂広めてもらえば!
それより、やだからって…
しかもまたあんたって呼ばれたし…っ
ていうか地獄耳!
足音なんか聞こえないけど!?
その数秒後、睦月さんの言った通り屋上の扉が開いた。
「あっれー、永沢じゃん」
それは事務所に入った新入社員の女の子。睦月さんとペアを組んでる奴だ。
せっかくの幸せな時間だったのに邪魔すんなよな。
そんな俺の胸の内など知るはずもないそいつは、お茶を片手にキャッキャ言いながら俺の隣に座る。
「いつもここで一人で食べてるの?」
「へ?」
「お昼ご飯」
「や、そーゆうわけじゃ…」
「じゃあ、明日からあたしもここに来ていい?」
「え!?」
「…ダメ?」
ダメだろ!
だってここは睦月さんと二人になれる大事な場所で、それ以前にここは元々睦月さんが一人で過ごす為の―――
『一人で食べるのが好きなんだよね』
「…」
あぁ、そうだ。
ここは睦月さんが表の顔から解放される場所だったんだ。
社内で唯一素に戻れる時間と場所を、俺は毎日邪魔していた。
好きだとか言って何日も通ってたのに、それが好きな人の迷惑になっていた事に今更気がついた。
こいつが来たら睦月さんはここに来れなくなる。
睦月さんの居場所を奪う事になる。
でもそうなったのは俺がここに来たせい――
「…俺もうここには来ないから」
そうするしかないと思った。
この声はきっと睦月さんにも聞こえてる。