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『Scars 上』
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『Scars 上』-6

「王か……」
少女、谷町マツリの言葉に、俺は自嘲を漏らす。
こんなちっぽけな学園の王になったところで、どれほどの意味があるのか。
たったあれだけの戦闘しかしていないのに。
もっと刺激的でスリリングな。
脳が焼ききれてしまう程の策をひねり出さなければならない何か。
俺が求めているのは、そういうモノだ。
「はう、そのアンニュイな横顔……」
涎を垂らすマツリを無視して、俺は端の方で畏まる少年に声をかける。
「ニワトリ、昨日の報告をしろ」
「はっ!」
手を後ろで組んで答える少年。
ハードモヒカンのせいで、ニワトリと呼ばれる少年は、つい最近部下に加えたばかりだった。
決して喧嘩が強いわけではないが、その情報収集能力には目を見張るものがある。
「昨夜の反乱で、上級生のほとんどは沈黙してるス。ただ、その頭だった鮫島は……」
言いにくそうに口をつぐむニワトリ。
「悪いな。俺のミスで取り逃がした」
「い、いえ! そんな、水瀬サンのミスじゃないス。その例の二人組みのせいス!」
例の二人組み。
抑えようのない怒りがこみ上げてくる。
「で、その二人組みのことはわかったのか?」
「い、いえ。まだ詳しいことは……。本当にすみません!」
青い顔で頭を下げるニワトリ。
そんなにビビらなくてもいいだろうに。
そう思いつつも、俺は昨日の二人組みを思い出して舌打ちを漏らす。
あの女と大男。
どこの誰かは知らないが、いずれ借りは返すからな。
「フン、お前がやられるとはな」
面白そうに、片目を瞑るレイ。
何を余裕ぶってるんだか。
「お前だって勝てるかわからないぞ」
「どうかな」
レイは目を細める。
確かに、レイは強い。
認めたくはないが、俺よりも。
それでも、あの大男の化け物じみた強さに敵うかどうか。
「ふう」
大きく息をつく。
まあ、やり方はいくらでもある。
奇策は、そういう時にこそ用いられるべきだ。
「まあいい。ニワトリ、鮫島の潜伏先に心当たりはあるか」
「あ、はい! たぶん、鮫島が同盟組んでたBMTの所が怪しいス」
突然、話を振られたニワトリが背筋を直して答える。
「……BMT?」
聞きなれない名前だ。
「知らないの? 最近、めきめき勢力を広げてる勢力で、今じゃこの街で一番大きくなってるらしいよ」
馴れ馴れしくも腕を組んできたマツリが答える。
「悪いことはなんでもするってくらい危ないチームで、警察も手を焼いてるんだって」
「ほう」
胸のうちに静かな炎がともる。
ポケットに手を入れて、中にある扇の感触を確かめた。
面白そうな相手だ。
「BMTってなんの略なんだ?」
能天気な声をあげるユウジ。
「さあ? 私も知らないけど――って、ちょっとイオリ!」
暑苦しかったマツリの腕を振りほどく。
「次は、そのBMTっての潰すか」
低く、小さな呟き。
しかし、その呟きに周りの人間が息を呑む音が聞こえた。
空を見上げれば、真っ青な空間が広がっていて。
俺はそんなさわやかな空を、黒く塗り潰すように、禍々しい笑い声を上げた。
「……イオリ?」
たじろぎながら、マツリが俺の名を呼ぶ。
「桜花とったくらいじゃ、全然満足できないんだ」
レイとユウジが俺を真剣な眼差しで見つめる。

「この街を支配するくらいじゃないとな」

そんな俺の声に、朝の桜花高校がしんと静寂に包まれる。
静寂は、わずかなどよめきになり、やがてそれは歓声へと変わる。
それは桜花の不良たちが、新しい王を迎えた瞬間だった。


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