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『Scars 上』
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『Scars 上』-5

「ぐっ!?」
不意に感じる腹部の痛み。
シバの蹴りが、腹に食い込んでいた。
後ろ回し蹴り?
じんわりと、痛みの花が咲いたような感覚。
俺は、ゆっくりと地面に倒れていく。
「げほっ、がはっ」
息ができなくて、咳き込みながら。
霞む視界には、舞い散る桜の花びらの中に立つ可憐な少女の誇らしげな笑みが。
瞼に焼きつくほど、鮮やかに映っていて。
悔しいけど、俺は――。
意識が遠くなっていくのを感じる。
――俺は、そんな少女に見惚れていたのだ。



桜花学園。
県内で最も繁栄した街、霧浜市にある私立高校。
霧浜市は、不良の数がこの国で最も多い。
街の至る所に不良たちがタムロし、夜は交通法を無視したバイクが暴走を繰り返す。
暴力で溢れた混沌の街。
治安を維持しようとする警察の努力も空しく、不良達の勢いは止まることを知らない。
桜花学園は、そんな不良たちを取り纏める勢力の一つだった。
昔から不良の集まる伝統的な不良高校。
地元でも有名な悪の巣窟。
県内どころか、県外にも轟くその悪名に、人々は桜のマークを恐れた。
そんな桜花学園はこの日、どよめきに包まれていた。



朝の気だるい空気。
大きなアクビをしながら、何も入っていないカバンを背に担ぐようにして持つ。
先ほどから感じる視線。
色々な感情が渦巻いている。
羨望。妬み。憎悪。恐怖。
校門を潜った俺を待っていたのは、不良たちのそんな眼差しだった。
「よお、頭領」
声をかけて来たのは、馴染みの深い二条レイだった。
スラリと伸びた長身に、長い髪を後ろで束ねている。
整った顔立ちに、不適な笑みを浮かべてレイは俺を見つめる。
「よせよ、そんな気分じゃない」
一夜明けても、まだ痛みの残る鳩尾の部分をさする。
昨日の蹴り。
稲妻のように鮮烈だったあの出来事が、脳裏からどうしても離れない。
最悪の気分だ。
「何言ってんだよ、たった一月でこの桜花をシメた男がよ!」
背後から聞こえてくるやたら元気な声。
「ユウジか」
「おう」
振り向くと、見上げるような大男がいた。
筋肉に覆われた屈強な体。
真っ赤に染め上げた髪を逆立たせ、狂犬のような匂いを漂わせている。
「昨日はズイブンと暴れたらしいじゃん?」
それでも、その顔は人懐こい笑顔で覆われている。
どこか憎めない男だった。
「他人事のように……。お前にも役割はあったんだぞ」
昨夜の上級生との下克上バトル。
ユウジの役目は万が一の時に、レイたちを逃がす救出部隊だった。
もしも俺が鮫島の奇襲に失敗した場合、ユウジ達がレイの元に駆けつけ戦局を混乱させる。
その後は、レイの撤退を助けて殿につく。
そんなこと、俺の仲間でレイと双璧をなすユウジにしか任せられない。
例え敗れても、次に備えるための策だった。
「おめでとう、イオリ。これでこの学園の王だね!」
ふと聞こえる少女の声。
視線を落とせば、目の前に少女が立っていた。
短すぎるスカートに、茶髪、派手なメイク。
ばっちりと盛ったネイルを見せびらかすように、両手を豊かな胸に当てている。


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