『Scars 上』-33
扇で自分の顔を緩やかに扇いだ。
霧浜駅周辺に店を構える大手カラオケボックスの一室。
店内でも中位の広さの部屋に、俺たちは篭っている。
「……池田先輩たちが喧嘩始めたってー」
パタンとピンク色のケータイを閉じた女子が報告する。
マツリに頼んで集めてもらった助っ人の女の子達だ。
報告を受けたマツリが、テーブルの上に敷かれた地図に赤いペンで印を書き込む。
霧浜駅周辺を描いた大きな白地図。
そこには、十個の×印が書き込んである。
「これで、全部隊交戦中になったな」
扇を弄りながら呟いた。
やや狭いカラオケボックスの一室には、俺とマツリを含めた七人の女の子と、扉の近くに立っているニワトリがいた。
マツリに集めてもらったのは、更に数倍の女の子達で、今も霧浜駅周辺の待機スポットで、戦況を逐一伝えてくれている。
それを取り纏めて、俺に報告してくれるのが、この部屋にいる女の子達だ。
男は皆、戦闘部隊に組み込んだ。
ここはいわば、中央司令室といったところか。
ただのカラオケルームだけどな。
「全く、今時、白地図に赤ペンとはな。カメラとモニタくらい用意できないのか、ニワトリ?」
俺は、自分の気が高ぶっているのを感じていた。
無理もない。
未曾有の大喧嘩が始まったのだ。
「すみません、無理です」
女の子達に席を占領されたせいで、今も立ったままのニワトリが答える。
「冗談だ。これで十分だよ」
同時多発的に、BMTに喧嘩を売った総勢百名の部下達。
こちらは囮だった。
数で圧倒的に勝るBMTに正攻法で攻めても、勝利はない。
だからこそ、必要なのだ。
どこにいるかわからないBMTの頭をおびき寄せるための策が。
……勝ちに行くぜ、このゲーム。
「中村くんのとこにテキが集まってるみたいー」
いまいち緊張感に欠ける女の子の報告をどうにか理解する。
「ふむ」
要は、中村班にBMTの増援が来たってことか。
BMTの連中は何人いるんだ。
蝿のようにどんどん沸いて来る。
「はい、イオリ君」
隣に座った女の子が、ドリンクの露をふき取って渡してくれる。
……どこでバイトしてんだか。
「ちょっと、イオリに馴れ馴れしくしないでよ!」
「いつもマツリがべったりなんだから、たまにはいいじゃない」
脇でぎゃーぎゃーとやかましいマツリたち。
それらに気を取られることなく、俺は意識を高めていく。
集中。
次々にもたらされる報告。
霧浜の街全体に展開した桜花の部隊。
それに抵抗して応戦するBMT。
抵抗の度合いは場所によって様々だ。
街で戦闘を繰り広げている人数は、桜花が百、BMTが百五十と言ったところか。
どちらもまだまだ余力を残している。
ここで、BMTのリーダーの性格が問題になってくる。
BMTという巨大なチームのリーダー。
それほど目立つ立場でありながら、姿を現さないのはなぜか。
ただの臆病者なのか。
それとも何か、人前に出れない理由があるのか。
ただ一つ確かなのはこの街のどこかにいるという点だけだ。
……だったら、俺が炙り出してくれる。
感じるのだ。
街の気配を。
人の流れを。
俺の感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。
次々に白地図に書き込まれていく情報。
桜花側の消耗率。
わずかながらも、他よりもBMTの抵抗が強い部分がある。
「マツリ、高架下の喜多村の部隊に増援を送れ」
俺は扇で白地図の南東のポイントを指す。