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『Scars 上』
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『Scars 上』-34

「うん。わかった」
ケータイで待機していた部隊に連絡するマツリ。
俺は黙って増援部隊が到着するのを待った。
時間の流れがいつもより遅い。
腕時計が時を刻む音が聞こえてくるような錯覚に陥る。
増援の支持を出したのは、今日初めてだった。
まずは牽制。
こちら側の圧力を少しだけ高くする。
「佐々木くん達が、喜多村くんのとこについたみたい」
わずかに高架下のポイントで桜花が押し始める。
「佐々木さんと喜多村さんのとこに敵がいっぱい来てるらしいです」
隠れていた敵の部隊が出てきた。
さて、これで罠が一つ完成したことになる。
後は敵が引っかかるのを待つだけ。
「高架下に更に二部隊の増援、同時に隣接するボウリング場前、成急線の霧浜駅前にも増援を二部隊ずつ送れ」
矢継ぎ早に支持する。
「え、え? ちょっと待ってね」
慌ててケータイを操作するマツリ。
部隊を街の南東エリアに集中させる。
これでBMTがどう出るか。
突然、慌しくなるカラオケルームの中。
俺はからからに干上がった喉を鳴らした。
どうやら緊張しているらしい。
気づけば扇を握った手にも汗がにじみ出ている。
「ふふ」
小さく笑ってしまう。
今、街に展開している桜花の部隊は約二百名。
BMTはそれ以上だろう。
かつてないほどの大規模な喧嘩。
もはや戦争と言ってもいいかもしれない。
これほどの興奮を味わったことがあっただろうか。
鳥肌さえ立ちそうな程の興奮を持て余して、俺は静かな身震いを起こした。



霧浜駅南口から数百メートル離れた場所にある高架下の暗いトンネル。
そこは今、地獄と化していた。
「ぎゃああああ」
頭を木材で叩き割られた男が蹲る。
「ぐふっ」
男の無骨な拳が、別の男の腹に突き刺さった。
狂気溢れる暴行地帯。
アスファルトに転がる人間の数は、十や二十じゃ効かない。
ためらうことなく凶器を振り上げる男達。
仲間を助けるために、次々に現れては、戦闘に身を投じていく男達。
もはや惨劇と言ってもいい、それは止まる事を知らない。
「うおらああああ!」
それでも、男達は咆え続ける。
まるで自らの存在を証明するかのように。
そんな男達の己の存在をかけた叫び声を。
ただ、雨の音がかき消していった。



高架下に最初の増援をしてから、約三十分が経った。
今では、街の南東エリアに全体の半数、百五十名の兵力を注いでいる。
BMTも南東エリアに人数を集めていた。
今、南東エリアでは空前の大乱闘が行われている。
主戦場はもはや南東エリアに完全に移行したといっても良い。
ただし、問題はこの後なのだ。
「イオリ大丈夫? 疲れてない?」
気遣ってくれるマツリの頭に手を置きながら、俺は一つの違和感に気づいていた。
おかしい。
もう最初の乱闘騒ぎから一時間も経っている。
それなのに。
「……警察の動きがない」
当初の予想では、乱闘を開始したエリアのほとんどは、三十分ほどで警察に鎮圧されるだろうと考えていた。
だからこそ部隊を細かく複数に分け、柔軟な戦線を維持していくつもりだったのだが。
「まさか、これだけの大喧嘩ができるとはな」
嬉しさ半分、不安も半分といったところか。
いや、不安の方が圧倒的に多いな。


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