『Scars 上』-31
「何熱くなってんだよ? ギブアンドテイクだよ」
暴れるユウジを見つめながら、俺は酷く冷静に言った。
「俺は霧浜最強なんて興味ない。でも、その過程には興味がある」
最強になる為の過程。
そこには、どれほど血の沸き立つ戦いがあるのか。
脳が悲鳴を上げる程の計算。
今まで誰も考えたことのないような奇策。
俺の命令を忠実に実行する手駒たち。
「……考えただけでも、ゾクゾクするよな」
桜花を獲った時や、先日のシバ狩りなんて霞んでしまうだろう。
究極のゲーム。
最高の暇つぶしだ。
「イオリ、お前……」
まだ見ぬ戦いに、胸を高ぶらせる俺を見て、ユウジは妙な声を出した。
寂しそうな、悲しそうな。
まるで、俺を哀れんでいるかのような声。
「そんな狂った事言ってると、いつか大怪我するからな!」
悲痛なユウジの叫び。
俺はそんなユウジの叫びを、妙に冷めた思いで聞いた。
「いつもギリギリじゃねえかよ! 今までだって、お前が無事だったのが奇跡みたいなもんだろ」
確かに、危険はいつもそばにある。
先日の環二バイパスでの喧嘩だって、俺がやられていてもおかしくなかったが。
「……それがいいんだろ」
圧倒的勝利なんて欲しくない。
常にスリルと隣り合わせ。
だからこそ、中毒的な面白さがある。
「ズタボロにやられちまっても知らねえぞ!」
叫ぶように、ユウジは言った。
「ふん、急に何言い出すんだよ」
そんなユウジの場違いな熱さに、思わず失笑が漏れてしまう。
この俺が、ズタボロだと?
「もうケンカなんてしばらくいいじゃねえか。少しくらい休もうぜ?」
言っていて自身がないのか、ユウジの表情は苦悶に歪んでいる。
ユウジとはもう長い付き合いだ。
レイもそうだが、小学生の頃からずっとつるんでいる。
「馬鹿やったり、ナンパしたりしてさ。楽しいぜ、きっと」
しかし、だからこそ。
「ケンカなんかつまんねえって。痛いだけでさあ」
ユウジは、知っているのだ。
「……俺がどんな人間か、お前は知っているはずだ」
たったそれだけ。
その言葉だけで、付き合いの長いユウジは全てを理解してしまう。
俺が、手遅れなことに。
いいんだよ、ユウジ。
全部覚悟の上だ。
たとえ、結果的に俺がやられちまったとしても。
俺は、喧嘩が出来ればいいんだ。
想像を絶するような喧嘩が。
「……馬鹿野郎」
呻くように、ユウジはつぶやいた。
「明日は、頼むぜ」
俺はうなだれるユウジの肩を軽く叩いて、踵を返す。
振り返った瞬間、レイと目が合った。
レイは何も言わず、ただ俺を見つめていた。
その表情からは、レイが何を考えているのか読み取れない。
……明日、喧嘩の華が咲く。