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『Scars 上』
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『Scars 上』-30

強い風が吹き付ける。
郊外の丘に打ち捨てられた廃病院。
そこの屋上は、霧浜の街全体を見渡すことが出来た。
夜の霧浜の灯り。
蠢く夜光虫のようなそれらに、妙に惹かれる自分がいる。
風に乱された髪を押さえながら、俺はただ霧浜の夜景を眺めた。
「……ホントにやるのか」
背中でユウジの声を聞く。
今、ここにいるのは俺とユウジとレイの三人だけだ。
「何をだ?」
振り返らずに答える。
「BMTってやつらとのケンカだよ」
「ああ」
ユウジはどこか不満そうだった。
そういえば、こいつは鮫島やった時も文句を言っていた。
それもあって前線部隊から外したのだ。
「あんまし乗り気じゃないんだよな」
「ビビってんのかよ?」
茶化すように、レイが言う。
「そうじゃねえけどよ」
歯切れの悪いユウジ。
表情も俯きがちで、いつものユウジらしくない。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
なんとなく気になって、俺がそう問いかけると、ユウジはもごもごと口を動かす。
「……最近、焦りすぎなんじゃねえの?」
俺と目を合わせずに、そう言うユウジに思わずため息が漏れる。
……もしかして、説教かよ。
「何を焦ってるって?」
「桜花をシメてから、まだ一月も絶ってないんだぞ?」
「それがどうした」
少しずつ、ユウジの声が大きくなっていく。
レイは何も言わずに、俺たち二人をただ見つめていた。
「だいたい、BMTとヤり合う理由がないだろ!」
「理由はあるさ」
一人で激昂するユウジをあざ笑うかのように、俺は言った。
「俺がヒマだからだ。BMTが偉そうだからだ。なんか気に入らない、ぶっ飛ばしたい」
「ふざけんなよ!」
ユウジの怒声。
……全部、本当のことなんだけどな。
「そんな理由で、三百人の人間を巻き込むつもりかよ!」
三百人。
俺が動かせる桜花の全兵力はそんなものだろう。
明日のBMT掃討作戦には、その全てを動員する。
「……なんで、あいつらが俺についてくると思う?」
主人に従う犬のように従順な桜花の不良たち。
「お前が、怖いからだろ」
ふてくされたように、ユウジは言う。
「違うな」
俺は、あいつらを鎖で縛り付けるほどバカじゃない。
時として、主人にも牙を剥く狂犬共なのだ。
「俺についてくればたどり着けると思ってるのさ」
あいつらが俺に従う理由はたった一つしかない。
「霧浜最強の座に、な」
不良の夢。
勉強でも、スポーツでも。
周りから落ちこぼれたあいつらが抱く、唯一の夢。
普通の高校生が、努力をして勉強して有名大学に入ることを目指すように。
社会から見放されたあいつらにも目指すものがあるのだ。
将来性のかけらもない夢。
一瞬で、夜空に美しく、儚く散る花火のように。
あいつらは普通の十倍の濃度を持った今を生きようとしている。
……だから、俺はそれを利用してやる。
惚けたように、ユウジは俺を見つめている。
「バカな奴らだよな」
その一言にユウジは怒りを露わにした。
「イオリ!」
物凄い勢いで掴みかかってくるユウジを、レイが押さえつける。
「止めとけ、ユウジ。イオリも、あんまり挑発すんなよ」
「お前にも見せてやろうか? 霧浜最強の景色を」
「見たくねえよ!」
レイに押さえつけられながら、ユウジが咆える。


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