【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-6
「あの子は手に負えない」
それが、当時コルデン城でアランの世話役に任命された大人達がアランに下した評価だった。
いや、総意だったと言うべきだろうか。とにかく、彼は七歳とは思えないほど力が強く、子供とは思えないほど凶暴で、人間とは思えないほどすばしっこかった。乳母に噛みつく、城代を蹴る、同年代の子供達を殴る事など当たり前。豚舎の柵を開けはなち、豚にまたがって森の木々に突撃をしかけたり、鶏小屋の鶏を家臣の寝室に放り込んだり、貴婦人達の集う炉辺の火の中に、馬糞を投げこんでそこら中にひどい匂いをまき散らしたり……あげようと思えばきりがない。年寄り連中が今も好んで使う言い回しをすれば、まさに「エレンの子」そのものだったのだ。
そんな性格だから、友達は居なかった。たった一人の家来を除いては。その家来はウィリアムという名前で、領主とトルヘア人の奥方の一人息子だった。奥方はウィリアムを生んですぐに亡くなり、少年は母のぬくもりをついに知ることがなかった。彼がたった一人、アランの側にいることを選んだのは、アランだけが彼を「母無し子」と呼ばなかったからかも知れない。それを差し引いても、ウィリアムはずいぶんアランにひどい目に遭わされていたのだが。
ある日、ウィリアムは二階から庭の肥だめに突き落とされた。彼はじっと口をつぐんで、誰の仕業か答えようとしなかったが、みんながアランの仕業だと思っていた。
ウィリアムの身体を洗ってやった後で、服を着せながらアガサ婆はヴァーナムに言った。「どうして坊ちゃまをあんな悪鬼の側に置いておくんです」と。ヴァーナムは微笑み、幼い息子の尻を叩いて部屋のドアへ向かわせて、言った。
「アランは獣のようだろう」
「ええ、その通りです」アガサ婆はすぐさま同意した。「それも牙のある獣ですよ、間違いなく」
「獣は戦って自分の居場所を勝ち取ろうとする……あの子がしているのはそれだけだ」
「ですが……」言いつのるアガサに、ヴァーナムは請け合った。
「ウィリアムは弱い。あれはあれなりに、獣から何かを学ぼうとしているのだろうよ」
「おい、泣き虫ウィリー!」アランは、険悪な声でそう言うと、人気のない礼拝堂の祭壇の前に縮こまるウィリアムを小突いた。「またあいつらにやられたのか」城には沢山の騎士見習いがいる。沢山の子供が集まると、必ず一人はのけ者にされる子が出るものだ。ウィリアムには、いじめっ子たちにとって恰好の理由があった。母無し子だという理由だ。一方アランは、ウィリアムの味方につくようなことはなかったが、いじめっ子と仲良くすることもなかった。ただ、家来が泣かされっぱなしと言うのは気にくわない。ウィリアムを肥だめに突き落とすのは、あいつらの役目ではないのだ。
「泣いてないよ」ウィリアムは言った。アランはフンと鼻を鳴らして、別のおもしろいことを探しに行こうとした。ただでさえ、この礼拝堂は好きじゃない。自分が未だに洗礼を受けてないことを思い起こさせるし、ここにいると、説明のつかない違和感を覚える。その後ろ姿に、ウィリアムが声を掛けた。
「お父様が、アランは獣だって言ってた」
「へえ、そうかい」アランは礼拝堂を出る途中で振り返って、大人でもたじろぐ目つきで彼を見た。「だからなんだ?」
「アランはずっと昔からこの城にいるのに、どうしてまだ居場所を見つけられないの?」昔と言っても、まだこの城に来て三年ほどしかたっていない。それでも、ウィリアムが生まれる前から居たのだから、彼から見ればそう言うことになるだろうか。三年という歳月が長いのか、短いのかアランにはまだわからなかった。
「それはな、この城には僕の仲間が一人もいないからだ、いつも家来達にちやほやされてるお前とは違うんだよ」
「お父様が居るじゃない。アランは僕の兄さんだって、父上はいつも言うよ」この弱虫は、自分にばかりたてつくようになったな、生意気な奴め。アランは苛立ち始めた。