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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-5

 ささやかな宴の帰り道、今夜はウィリアムが城への道を先導していた。確固たる足取りには、浮かれた雰囲気の名残はない。服と肌の隙間に残ったテントの中の温もりを振り切るように、彼は足早に城へ向かった。アランはその背中に声をかけた。
 「何であんなこと言ったんだよ」
 「あんなことって?」ウィリアムは前を向いたまま答えた。
 「名前のことだよ!悔しくないのか?マクスラスの名前が、妙ちくりんなトルヘア人どもの名前にかえられちまうんだぞ!」ウィリアムは、さっと振り向いてアランと顔をつきあわせた。
 「それで、マクスラス家が、トルヘアにたてついてどうなる?謀反人として家名に泥を塗ったあげく、国王と教会の両方に攻められる!そうなったら、名前なんか問題じゃなくなるんだ!マクスラスそのものが無くなる!フィッツスナイプのことは知ってるだろ、殺されずに済んだ者は居ないんだ、家来一人見逃してもらえなかった!この城のみんなを、同じ目に遭わせたいの?」
 フィッツスナイプ家に何が起こったかについて、このあたりで知らない者は居ない。エレンの復興を密かにもくろむグリュプサイトは、トルヘアの大きな不安要素だった。トルヘアはありとあらゆる手を使ってグリュプサイトを探し出し、彼らを異端者と決めつけ、異端狩りの一端として容赦なく反乱の芽をつぶしていった。密告、拷問、そしてほとんど法を無視した裁判と、一度疑いをかけられれば逃れられない処刑。その動きは徐々に大きくなり、今や矛先は、何の関係もない知識人にまで及んでいた。その気運は失われるどころか、徐々に強まっている。昔話を聞かせてくれた吟遊詩人や、教師も姿を消した。城を訪れる賑やかなチグナラの旅団の楽の音さえも、もう聞くことはない。暗い時代だ。ドアがきしむ音一つ立てただけで、裏切り者と呼ばれかねない時代だった。
 「でも、おまえは納得できるのか、ウィリアム!」アランの言葉は彼の痛いところを突いていた。納得など、出来るはずはない。しかし、彼が何よりも思うのは、彼の大切な人たちのことだ。彼の父や、城の人々の命は、マクスラスの誇りを犠牲にしても守らねばならない。それは彼に与えられた使命であり、父の教えや、その生き方が彼に導き出させた答えだった。アランにはそれがわからない。何年もこの城で生きてきて、誇りを守ることしか頭にないのか。一番つらい思いをしているのが、ウィリアム自身であると言うことすら見えていない。見ようともしていない。
 「君には……」ウィリアムは言った。「君には関係ない!」
 アランの表情が凍り付いた。
 「マクスラスの城とその領民にとって大切なことは、マクスラスの人間が決める!それにね、君は忘れてるみたいだけど、僕は国教徒だ。父さんも、母さんも国教徒だった!この城で国教徒じゃないのは君だけだ!居心地が悪くなるからって、世の流れに逆らうなんて、ただのわがままだろ、どうせ」今にも泣きだそうという子供のようにわななく口元が、冷たい空気を吸い込んだ。「どうせ、いつかここを出て行っちゃうくせに!」
 ウィリアムは、そこまで言ってからようやく自分の過ちに気がついた。こんなことを言うべきではなかった。こんな風に、アランに対する不満を打ち明けるべきではなかった。出来ることなら、正式にマクスラスの養子になって、永遠にこの城にとどまり、自分とともにこの領地を見守ってほしいという願い。そして、それがかなわないという不満を。気づいた時には、アランは彼の横を通り過ぎ、一人で城への道を歩いていった。ウィリアムは、その後ろ姿に声をかけることが出来なかった。

 「ビリーのやつ!」
 アランは、黒いマントを寝台にたたきつけた。怒りが収まらぬままに、髪をかきむしり、枕を殴る。しかし、心のどこかではわかっていた。わかっていなければならなかった。自分はこの城に属する人間ではないと言うことに。ベッドの縁に座って、頭を抱える。
 ――そう。あいつの言うとおりなのだ。自分はいずれここを出て行く。この場所に、ずっととどまる気は無い。自分は、いつか思い出になるこの城に、いつまでも変わらずあってほしいだけなのだ。


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