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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-7

 「あんなの、本当の父親じゃない」アランは唸った。本当の父親なら、みんなと一緒に洗礼を受けさせてくれたはずだ。それに、こんな「秘密」を抱えて生きろなんて言わなかったはずだ。
「僕の両親は、ずっと前に死んだんだ。それで、誰だか知らない奴が勝手にこの城に僕を連れてきて、僕を捨てたんだ!」
 「捨てたなんて、父さんは言わなかったよ!大事に育ててくれって、預けたんだって言ってた。アランも一緒に聞いたじゃない!」一体何でウィリアムはこんなことを言うのだろう?やけに突っかかってくる。そんなのお前の知ったことか!
 「父さん父さんって、うるさいな!本当の父さんが居る奴なんかにはわからないさ!」
 「本当の父さんが居ないからって、人間が獣になって良いの?!」ウィリアムの声が、うつろな石の礼拝堂に響いた。アランを責め立てるように、こだまする。
 どうして、人は、たった三年の間に居場所を見つけないといけないのだろう?
 どうして、見知らぬ場所で、自分の居場所だと言われたところに、落ち着かなくてはいけないのだろう?
 「うるさい!!」アランはウィリアムに飛びかかった。「こんな所に僕の居場所は無いんだ!」
 「じゃあ、他の何処にあるって言うのさ!」いつもなら、アランに一発で伸されてしまうウィリアムが、今日はその拳を受け止めた。「ここ以外だったら、居場所があるの?!」
 「あ……あるさ!」自分でも確信がないその不安と、ウィリアムを殴り倒せない事への驚きが、アランの言葉を鈍らせた。「ある。きっとどこかにあるんだ!いつかそれを探しに行くんだ!」自分の拳を握るウィリアムの手のひらが熱い事に、アランは気づいた。
 「そうやって遠くばかり見てるから!」ウィリアムが、アランの拳を握っていた手を放して振り上げた。「近くにあるものが見えないんだ!」

 その日、城ではちょっとした事件が起こった。アランが、初めて青あざを作ったのだ。凶暴な悪鬼を退治した勇者の名前はついに明かされなかったが、その日からアランとウィリアムは、大将と家来ではなく親友同士になった。
 「アラン?」ウィリアムが問いかけた。強い風が、ウィリアムの焦げ茶の髪を乱す。アランのお気に入りの場所、東塔の屋根の上からは、星と、森と、町の明かりがよく見えた。自分以外のものをここに連れてきたのは初めてのことだった。悪い気分ではない。
 「僕の母さんがどんなだったか、覚えてる?」ウィリアムは小さな声で聞いた。
 「ああ。覚えてるよ」アランも静かに答えた。「抱きしめてもらった時……とても良い匂いがした。蜜蝋の甘い匂いとか、薬草園の土の匂いなんかがしたよ。それから、とってもいい声だった。チグナラの一座が来た時に、歌ったのを聞いたんだ……それから、すごくきれいだった。この城で一番きれいだったな。いや、この村で一番」アランは、一つ一つを思い出しながら、ゆっくりと教えていった。母を知らないウィリアムのために。母が陰でさげすまれ、トルヘア女と呼ばれるのを聞く方が、今までのウィリアムには多かったのだろう。ここはもうトルヘアの土地だけど、住んでいる人はみんな、自分たちをエレンの人間だと思っている。アランも含めて。
 でもウィリアムは、自分のことをどう思って良いのかわからないのではないのだろうか。トルヘアの国に生まれ、トルヘアの血を受け継ぎ、トルヘアの神を信じる。それが、ウィリアムにとっては自然なことだ。その時、アランは初めて、ウィリアムという人間、自分以外の人間の、心の中にあるものに思いをはせた。それが、アランの心に初めて芽生えた、優しさという感情だったのだ。

 あの時、屋根の上で語り明かした夜から、五年が過ぎた。
 今では遠い昔のことのように思える。いつかは今夜のことも、そんな風に感じられる時が来るのだろう。些細な諍いに過ぎなかったと。その時に、苦々しく思うか、笑い飛ばすことが出来るかは、明日の自分にかかっている。
 「あした、謝ろう」
 アランはそうつぶやいて、眠りに落ちた。


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