海螢(芙美子の場合)-7
タツオさんからの突然の電話だった。
…ふたりきりで会えないか… 芙美子は体の中が激しく火照るほど、胸の鼓動の高まりを感じた。
ホテルの開け放した窓から、黄昏の浜辺から吹いてくる心地よい潮風が頬を優しく撫でる。翳り
始めた夕闇の中で、何かの予感を含んだ時間がゆったりと時を刻んでいるようだった。背後から
ゆっくりとタツオさんが芙美子の肩に手をかけた。
ピンと糸を張ったような空気がふたりの間に漂っていた。芙美子はどこかにまだ戸惑いを感じて
いた。タツオさんの掌が芙美子の体を背後からゆっくりと抱きとめる。彼の顔が頬に触れる。
彼の唇が芙美子の首筋に触れる。芙美子の体の中にそれを拒むものはなかった。
振り向いた芙美子の唇がふさがれる。なめらかでゆるやかな時間が、重ねられたふたりの唇を甘
く溶かすように流れていく。口の中にタツオさんの唇が運んできた甘い香りがひろがる。
抱きしめられた彼の腕の中で、乳房の奥に息苦しいほどの呼吸が疼き始めていた。
気がつかなかった…。
…フミちゃん、エガミさんって人から電話だよ…区役所にあのときかかってきたタツオさんから
の電話…
タツオさんは、エガミタツオ…という名前だったのだ。
ワンピースの布地の上を、タツオさんの吸いつくような掌が、芙美子のからだを確かめるよう
に撫でる。胸のボタンに指がふれる。微熱をもち始めたからだが、すべてをゆるすことを芙美子
に求めているようだった。
まるで料理の素材を吟味されるような優しい指使いで、白いスリップの肩紐が外され、ブラジャ
ーが弛むとしっとりとした乳房の重みを胸に感じる。男性の前に初めて晒した乳房の桜色の乳首
が微かに震えていた。
タツオさんは、ゆっくりと芙美子の前で跪くと、なにか懐かしいものに触れるようにショーツの
薄い生地に頬を寄せる。そんな風にされることが、なぜか恥ずかしかった。
恥毛の地肌の火照りがその毛先まで伝わり、これまでかたく閉ざされた性器の中が雪が溶けるよ
うに潤み始めていた。
ショーツが腿から足先にすべるように少しずつ脱がされていく。
性器の表面にひんやりとした空気を感じる。タツオさんの唇が腿の内側から、ゆっくりと漆黒の
繁みの毛先まで撫であげていく。
閉じた瞼の中で、陰部に押しあてられたタツオさんの唇の蕩けるようなあたたかさだけが伝わっ
てくる。
あの事故で死んだエガミトオルは、タツオさんの父親だった…。
妻子のあったエガミトオルと、すでに芙美子の父という婚約者のいた母は恋人だったのだ。
芙美子の脳裏に浮かんでくるいつも物静かな母の顔の陰に、どこか激しいものが揺らめく。
ほんとに事故なの…もしかしたら…結ばれないふたりが選んだ死なのかはわからない…でも、母
はずっと苦しんでいたのかもしれない。もしかしたら、芙美子の知らないところでずっと自分自
身に苦しんでいた…。
死をもって充たされるはずの母は生き残ってしまった。そして充たされることのないまま、母は
ずっと自分を苛んできたのだ。