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海螢
【SM 官能小説】

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海螢(芙美子の場合)-6

色褪せた古新聞の切り抜き…それは、ある事故の記事だった…。

…男女が乗った車が、深夜に港の岸壁から転落。三十五歳の男性が死亡…同乗していた二十六歳
の女性は奇跡的に救助されたこと…事故の原因は車を運転していたエガミトオルさんが、ハンド
ル操作を誤ったことを告げていた。


その二十六歳の女性の名前は、母だった…。


そんな事故の話を母から一度も聞いたことはなかった。
でも…母は二十六歳のときに亡き父と結婚したはずだ。少なくとも母は父とすでに婚約して
いた時期だ。母と父の並んだ古い写真を眺める。父は老舗の今の料亭の長男で跡継ぎだったと聞
いていた。

生前の母の気品のある静かな美しい顔に、なぜか翳りが見え隠れし始める。事故で死んだ男性と
は、いったいどんな関係だったのだろうか。深夜に同乗した車の中の男と女の関係…。



澄んだ早朝の空気が、並木道の途中にあるベンチに腰をおろした芙美子の頬を優しく包んでくれ
る。タツオさんに会ってからというもの、芙美子はなぜか落ち着かなかった。ぼんやりすること
が多くなった気がする。
どこからか懐かしい風とともに、心の中にふわりとしたときめきが漂ってくる。穏やかでありな
がら、どこか胸が締めつけられそうになる。タツオさんへの初恋の記憶が、芙美子の脳裏に次か
ら次と浮かんでくる。


会いたかった…。


なぜか無性にタツオさんに会いたかったけど、再び訪れたあのレストランの扉の前で躊躇う自分
がいた。三十五歳の女の中の女高生みたいな青いときめきが、気恥ずかしいくらいだった。

思い切ってレストランに入る。タツオさんは、いつも厨房で忙しく仕事をしていて、言葉を交わ
すことはなかった。でも…遠くからじっとその姿を見つめているだけでよかった。


樹木のあいだから甘い香りが漂ってくると、やっぱり自分は淡い恋をしているのかもしれないと
思う。心の中に涼風が膨らみながら吹き渡ってくる。人を好きになるということは、こういうこ
とだったのだとあらためて気がつく自分がいた。


早朝のいつものカフェに入る。噴水が目の前に見えるお気に入りのカフェだった。お洒落な雑貨
に囲まれ、芙美子はここで飲む甘いカフェオーレが好きだった。


でも…

母が病床で語っていたウミホタル…いったい母はどこでそれを見たのだろう…。同時に、あの母
の事故の記事が脳裏に重なるようにうかんでくる。深夜の海の中に投げ出された母…


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