イジメテアゲル!-26
「どうしたの? 帰ったはずじゃ……」
まさか新たな尋問ネタでも仕入れてきたのだろうか? しかし、美奈はおっかなびっくりな彼に目もくれず、隅に置かれた跳び箱に駆け寄り、手招きする。
「英助、ちょっと手伝って、私ちょっとここに隠れるから!」
「隠れるって、何から?」
「多香子よ、多香子が来ちゃったの」
「何で隠れるの?」
「昨日のレポートよ。名前欄につい私の名前を書いちゃったの。それが化学の芦屋にばれてさっきまで職員室で酷かったんだから」
「逆恨みじゃん」
「うん。だけど、ああいう頭以外のところにばっかり栄養が回っちゃった人は、そういう常識が通用しないの」
『頭以外に』を強調する辺り、美奈は多香子のスタイルに嫉妬しているのかもしれない。
「いい? 私はここにいないんだからね? こっち見ちゃだめよ」
美奈は「黴臭い」だの「埃っぽい」と不平を言いながらも跳び箱の中で縮こまる。
隠れる必要があるのか疑問に思う英助だが、普段の二人の関係からすると、あまり顔を合わせないほうが無難と判断する。
「……進藤、終わったかー!」
倉庫の扉が乱暴に開けられると、不機嫌そうなハスキーボイスが倉庫に響く。
「ああ、四つは見つかった。あと一つだし、なんとかなるよ」
見つかった分をひとまず渡すと、彼女はストラップを指にはめてくるくると回す。
「まったくさー、本当ついてないよ。芦屋には怒られるし、コーチにも怒られるし」
「……自業自得だろ」
「あー、今なんつった? 進藤のクセにくちごたえする気か?」
「いえいえ、滅相もございません」
今のところ彼女の携帯電話には英助の恥ずかしい画像が残っているハズだ。ここで怒らせても良い事はないと、英助は慌てて弁解する。
「はーあ、ったく、最近いいことないよ。もしかしてお前の不幸がうつった? カンベンしてほしいよ」
多香子は敷いてあったマットに大の字に横になり、ごろごろと転がる。
「……なんかあったの?」
といっても英助はその一部始終を見ていたのだ。
「あー、うー! 聞いてよ! 浮気されたんだってば! 信じられる? つうか、あたしみたいなスタイルのいい美人を彼女にしといて……およよ」
多香子は何処からかハンカチを持ち出すと、これ見よがしに噛んでみせる。そのコミカルなリアクションに本当に悔しがっているのか疑問になる。
「ま、いんだけどね。アイツなんてただ背が高くてサッカー部のエースだったから相手してただけだし」
ハンカチをパッと放り出し、ひな座りになる。
「だから全然落ち込んでない!」
拳をぐっと握り、天井を見つめる彼女の瞳にはもう悔し涙の影も無い。
「でも、やられたらさ……、やり返したいと思わない?」
やり返すにしても既に充分すぎる戒めを与えたはずだ。場所が場所だけにトラウマになりかねない。
「ああうん、思うかもね」
かといって逆らっても複雑になるだけ。多香子のようなタイプは適当に頷いてやり過ごすに限る。最近そう学んだ。
「それにさ、あたしって我慢できないタイプなんだよね……」
ガラクタを漁る英助の背中に多香子の手が触れる。
「何が、我慢できないの?」
英助の額に一筋の汗が流れる。初夏に向かう熱気のせいだろうか。
「あたしさぁ、自分より背が低い男って生理的にダメなんだよね……」
彼女は彼の疑問に答えることなく、彼の背中越しに囁く。
「それはそれは……」
わき腹に指を立てられ、繰り返し円を描かれる。むず痒さの中に何かを期待する気持ちを煽られる。
「その点進藤ならあたしより背高いし、なによりいう事聞いてくれそうじゃん? いわゆる都合のいい男って奴?」
「俺だって男だ。そろそろ本気で怒るぞ」
わき腹を擽っていた指がへその上に訪れる。そのまま胸元へと上り詰め、ボタンの隙間から潜り込み、シャツ越しに乳首を擦る。