カコミライ (1)やな女-3
『死んだ彼氏を思い出して泣いてる彼女が見たくないのに。俺が不甲斐ないから、彼女を過去から進ませることが出来ない』
酷く弱々しい声。胸が痛んだ。
あの人のキスは、
あの人の手は、
あの人の体は、
きっと、自分が情けない行動をする度に彼女は死んだ彼氏を思い出すだろう。あの人だったら、と。
そんな自分への腹立たしさは日々増幅するのに、それに反して男としての自信は枯渇していく。
酔って潤んだ薄茶色の眼に、より水分を浮かべて海はそう嘆く。
『嫌いで離れた訳でもない。俺なんかきっと呆れられてその内、別れを切り出されるんだ』
泣きそうに震えた語尾は切なくて。落ち込んで丸まった背中には哀愁が漂っていた。
『ねぇ』
気が付けば、口が開いていた。今でも衝動的なのか計画的なのかはわからない。
『私でその不安を取り除きなよ』
『へ?』
私は海に提案した。
笑みを浮かべて優しい声色で、さもそれが名案であるかのように。
『私で自信取り戻しなよ』と。
浮気。セフレ。そんな言葉を当てはめるには私達の関係は少しズレているように思える。だって私の目的は違うのだから。
海だってどんなに夜を一緒に過ごしても、私のことを見ない。いくら肌を合わせても、海は唇を重ねないし、心なんて尚更。
ひまわりが大輪の花を太陽に向けるように、海のひまわりみたいな笑顔は、いつだって彼女を追い掛けている。
海と彼女がうまく出来たら、それでおしまい。二度と会わない。
これが私達の関係。
―――訂正。
これがついさっきまでの私達の関係。
今は違う。ううん。今から変わるのかもしれない。
人の気配の消えた玄関から視線を室内に戻す。机の上には、持ち主に忘れ去られた携帯電話。寂しげにポツンと置かれたメタリックブルーの物体が、その大事な役目を担ってくれるのだ。
さて、持ち主は気付くだろうか。
海は手持ち無沙汰に携帯電話を弄る習慣も、執着もない。着信音が鳴らなければ、携帯電話の存在その物を忘れることも多い。現代人とは思えない性質だと思う。
猶予は与えている。
デジタル時計は夜の十一時を示していた。この数字が八になるまで、つまりタイムリミットは明日の朝まで。
明日まで何もなければ、海に携帯電話を返しに行ってあげよう。そして、何事もなかったようにこの不毛な関係を続けよう。
でも、
もし、明日の朝までに海の大好きな彼女から着信があったら。
―――きっと私達の関係は変わる。