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海螢
【SM 官能小説】

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海螢(久美子の場合)-6

電車で二時間ほどの街に久美子の実家はあったが、通勤時間がもったいないからと、短大を卒業
し、郵便局に就職した二年後に久美子はひとり暮らしを始めた。ほんとは、あの街に残っている
悪夢のようなあのときの記憶から逃れたかったのだ。


ひとり暮らしを始めてから十数年…久美子は、自分の中も生活も何も変わっていないことを感じ
るときがある。あの記憶から逃れることだけを考えてきたような気がする。
このままオバサンになって、独身のまま老いていくのだろうか。心の傷と憧れの淵を儚くなぞる
だけの生活…なぜか諦念だけがいつも彷徨い、深い沼に吸い込まれるように堕ちていく気がする。


あの出来事をだれにも言ったことはなかったし、言えるはずもなかった。
あれ以来、久美子自身が、自らの性の空洞を無理矢理に封印しているのかもしれないと思うこと
があった。
そんな女の体は、熟れきって性器の内側から澱み、腐った汁をしたたらせながら色褪せていくの
だろうか…。



その日は久美子の三十五歳の誕生日だった。いつものように仕事を終え、久美子は家路をたどっ
ていた。お気に入りのケーキ屋さんで小さなケーキを買う。

毎年そうだった。若い頃は仲のいい友人たちがいっしょに誕生日を祝ってくれたが、もうまわり
にそんな友人たちもいなくなった。久美子自身が自分から離れていったのだ。
女友達の夫や子供の話を聞くのが煩わしくなった。自分がどんどんとり残されていく寂寥感だけ
が自分の中に漂っていた。


部屋の電灯を消し、赤いキャンドルに仄かな光を灯す。ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りの中で、
一人だけの誕生日を今年も祝う。壁にかけた写真の中のウミホタルが、そんな久美子を優しく見
つめてくれているようだった。



ふと、あの男の鞄の中にあった蝋燭を思い浮かべる。そして、縛られた肌に熱蝋を垂らされるあ
の女性の写真を取り出す。


その写真をじっと見つめ続ける…。

自分とそっくりのその女は、シマムラという夫にこんな風に愛されていたのだろうか…こんな愛
され方を望んだのだろうか…。


与えられる痛みに喘ぎながらも、充たされたような恍惚とした顔…それは、これまで見たことも
ないもうひとりの自分の至福の美しい顔だった。


なぜかわからなかった…。久美子の中の子宮の果てが小さな鼓動とともに疼き始めていた。


キャンドルの中でゆらゆらと炎が揺れる。その灯りの中に、写真の女の肌に垂らされた赤い熱蝋
の痕が漂うにように浮かびあがる。

胸の動悸が少しずつ高まってくる…。久美子は無意識のうちにキャンドルグラスを手にすると、
その妖しい焔にとりつかれたように自分の手の項に蝋燭をかざす。

溶けた熱蝋が、すっと仄かな光の中で糸をひき、滲み入るよう皮膚に滴る。


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