長い夜(二)-6
「ほんのさっき。今日はサハラさんの貸し切りだって知って、帰ろうとされたんだけど、まんざら知らぬ仲でもなし・・お入れしちゃったのよ。ごめんなさいね。」
貸し切り予約以外の客を勝手に入れたと申し訳なさそうにママは言った。
「いいえ、佐伯さんも展示会に来てくださる方ですから、ぜんぜん構いません」
むしろ、遼子にしてみても、よくぞ向かい入れてくれたと礼を言いたいくらいだった。
「それより・・シミになりそう?横岩のオヤジに弁償させなきゃね?」とママは怒った顔といたずらな笑みを見せた。
「いいえ、いいんです。どうせ安物ですから」
「そんなことないわよ、素敵よ、今日のりんちゃん。いつも美人だけど格別に綺麗」
「まさかぁ、そんなことないですよ。私なんてボロボロです・・」
ママのお世辞に苦笑しながら洗面所から出た。
「本当よねぇ?佐伯さん。りんちゃん、とっても綺麗よね?」
カウンターに戻って一人で水割りを飲んでいた佐伯に声をかけた。
遼子はまた目を丸くして佐伯の存在が現実であることを確信した。
「あの、先ほどはありがとうございました。」 これで二度も佐伯に助けられている。
佐伯は笑顔を見せたのかどうかも確認できないほど、チラッと遼子に目をやっただけで、ただグラスを少し上に掲げ、カウンターの中の女の子と話しの続きをしはじめた。
「気にしないでね、りんちゃん、佐伯さん愛想なしだけどとても素敵な紳士なのよ」 ママは嬉しそうに微笑みながら佐伯の横に腰掛けた。
「・・・ありがとうございました」
遼子は佐伯の背中にもう一度礼をいうと、気を取り直して横岩のテーブルの次から挨拶周りを続行した。
わかってます。佐伯さんがどんなに優しくて紳士かなんて、私には私と佐伯さんだけの秘密だってあるんです。
そう心の中で思うと、動悸とともに胸が熱くなった。横岩の嫌なことなどもうすっかり忘れていた。佐伯がそばにいる。話すわけではなくても、隣に座るわけでなくても、同じ店内で同じ空気を吸っていると思うだけで安心して仕事に集中できた。
ママがお開きを言い渡してくれて、招待客たちを全員無事にタクシーに乗せ、見送ることができたのは、もう日付が変わってしまってからのことだった。
最後に残ったのは遼子と佐伯だけである。
「りんちゃん、おつかれさま。本当に疲れたでしょう?早くかえって休まなくちゃね」
ママが店の外まで見送ってくれた。