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長い夜
【大人 恋愛小説】

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長い夜 (一)-1

<佐伯 裕輔>

展示会場の最終日の打ち上げに同伴するようにと、チーフに言われた。
入社三年目にして、やっとこの業界にも慣れてきたとはいえ、残業続きで24時をすぎることも珍しくなくなったここのところ、
正直、早く帰ってシャワーを浴びて眠りたかった。
実のところ、昨夜も最終日前だというのに、手直しがあり午前様もいいとこで、風呂に入る時間もなくてかろうじて
着替えと化粧直しだけしてきたのだ。
コロンで多少のごまかしが効くだろうか、普段は付けないコロンをほんの少しだけ振ってきた。
髪がいつもより艶やかに見えるのも仕方ない。アップにまとめてラメを散らした。
香坂遼子は人気の無くなった展示会場を急ぎ足で出た。

「おい、行くぞ」 高橋チーフは二年先輩で今年の春に結婚したばかりの新婚さんだ。
新妻も気の毒に、今夜もまた何時に帰るか分からない夫をどんな気持ちで待つのだろうかと遼子は哀れんだ。

「はいはい・・・」気合の入らない返事をしつつ、タクシーに乗り込む。
打ち上げの接待係、今夜は今回の展示会場もその持ち物の一つとなっている西中建設のお偉い方も来られるということだ。
飾って来いよ・・なんて、風呂にも入れない環境でよく言うわよと内心呆れつつ、願わくばさっさと切り上げたいとしか考えていなかった。

案の定、堅苦しいパーティは飲むばかりで胃に固形物を収めるヒマも与えられず、グラス片手にあちらこちらを点から点へ移動するばかり。
しかも、笑顔と愛想で顔が固まってしまった。
「チーフ、ト・イ・レ いいですか?」遼子は口パクと小声でささやく、笑顔を振りまきながら。
「早くもどれよ」高橋も同じだ。同情したいが、その余裕もない。

レストルームに映った自分の顔は、自分に向かってもなお、愛想笑いしている。
顔の戻し方を思い出しながら、両手で軽く頬をたたいた。

ふと、表情が戻ると改めてひどい顔をしている・・と遼子は思った。
目がくぼんでクマができてる。
香坂遼子 23歳 輝くお年頃のはずなのにクマつき。
コンパクトで軽くクマをごまかして、今度はパチンと気合を入れて強く両の頬をたたいた。
そしてスマイル。営業スマイル。長いため息とともにドアを身体で押し開けた。

「りん!ここだ」高橋がそっと手を上げて合図した。
「こちらが西中建設の佐伯部長」
濃いグレーのスーツはビシッと決まっている。太っているわけでない体格の良さは
マネキンが立っているように型にはまっていた。

佐伯はすっと胸ポケットから名刺を遼子にも差し出した。
「香坂遼子と申します。いつもお世話になっております」
遼子はあわてて自分の名刺を両手を添えて差し出し、佐伯の名刺を受け取った。

「ん・・?遼子さんなのに、りんさんって呼ばれてるの?」
興味深げに佐伯は微笑んだ。
「あ・・はい。なぜかいつの間にかそうなってまして・・・」
「凛としている感じがいいね」
佐伯はそういい残すと高橋にも軽く会釈してその場を去って行った。


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