長い夜(二)-4
疲れた身体をリフレッシュさせる自転車と、帰宅途中にあるお気に入りの居酒屋が
唯一の癒しの毎日だ。
遼子は今年のイベントにも姿を見せなかった佐伯に理不尽だと思いつつも怒りのような感情を芽吹かせながらも、仕事に追われる。
チーフとなった遼子は今までのようにイベント終了で二次会を見送るわけにはいかない。
高橋がしていたように接待する仕事がまだ残っていた。後輩の佐野を残して、見送られつつタクシーに乗り込んだ。
二次会は都心にあるラウンジ「幌馬車」に例年決まっていた。
遼子も何度か連れられたことはあったが、接待の大役は初めてのことだ。
今回だけでも高橋も同席してもらいたかったが、新店舗に忙しくしているのがわかっている時に甘えるわけにもいかなかった。
電話では指示を仰いだ。
「大丈夫だよ。幌馬車のママに任せておけば全て心得てくれてるし、みんな勝手に飲んでるだけだから。ママにはりんのことも頼んであるよ。」
幌馬車のママは遼子も知っている。人望厚い存在で、客たちからも一目置かれている。容姿はもちろんのこと、眩しいほどに美しい。知的な雰囲気も柔らかな安心感も人気のいわれだ。いつも上品に髪を結い和服がよく似合う。
店は当日貸し切りにしてくれているのが恒例となっている。
「あら、りんさん、いらっしゃーい」人懐っこい若々しい笑顔で迎えてくれたのがママだ。遼子のことは高橋から呼ばれている「りん」で通しているらしい。
「お世話になります、よろしくお願いします」
緊張しながらかしこまって挨拶をする遼子に微笑を向けて
「大丈夫よ、みんな勝手に飲ませておけばいいのよ。高橋ちゃんがいてもいなくても、あの人たちは飲めりゃいいんだから」ころころと軽やかな笑い声を上げてお絞りを渡してくれた。
「おーーい!何、女同士でこそこそしてるんだよ、もったいない。ほら、新チーフの綺麗どころ、こっちに来なよ!」
招待客の数人が手招きをしている。もうかなり出来上がっている様子だ。
カラオケが鳴り続く、店の中は騒音と雑音とタバコの煙で満ちていた。
「ほら、お酌だけしてやってちょうだい。ちゃんと見張っててあげるから安心して」
ママが遼子を急かしながらウインクした。
関連会社の重役たち、身なりは良いがたいして品のある人物はいない。薦められる酒をなんとかごまかしつつ、ほとんど氷と水でグラスを常に満たして適当に相手していた。
各テーブル、ボックス席を順に酒を注ぎながら挨拶して回る。人一倍賑やかに騒ぎ立てているのは衣料卸の部長で横岩という男だ。
遼子はこの男が苦手だった。工場へ出向いた時にたまに出くわす、この狸みたいな男はいつも遼子を嫌な視線で頭の先から足の先まで舐めるようにじろじろと見る。
この男がいるときは用件だけサッサと済ませて、世間話もそこそこに引き上げることにしていた。