僕とあたしの海辺の事件慕 最終話「色褪せても大切な日々……」-8
◆◇――◇◆
ぽつぽつと降る雨。携帯ゲーム機のような気の利いたものもなく、ただ暇を持て余すばかり。
理恵はと言うとコーヒーを片手にレポート用紙と格闘し、真琴はというと老人の昔話に耳を立てるくらいしかやる事が無かった。
「それでな、ワシは和弥に言ってやったのだ。人間いたるところに青山ありと……、しかし何を勘違いしたのか、登山が趣味になってしまって……」
隅に寄せられていたカナヅチを取り、残っていた胡桃を縦に殴る。
パカリと綺麗に割れたところでどうとなることもなく、渋皮つきの実を興味本位に口に入れる。
水分を吸われるような渋みと苦味の中にほのかに感じる甘み。少し油のような感覚のある胡桃は意外と美味しいと思えた。
「公子は……。そうじゃな、女の子ということで少し甘やかしすぎたかの。昔はそりゃ可愛くて……」
まだいくつか残っていたのでそれらを砕いて皿に乗せ、久弥にも勧める。
「おお、これは失礼。うむ、胡桃というのは香ばしくて若干渋みがあって……ふふ、まるでワシの人生みたいじゃな。そういえばこんなことも……」
久弥の話は留まることがないらしく、真琴はただ「はあ、ふうん、へえ」と三種類の相槌を返す程度。それでも老人は喋りたがりなだけらしく、一向に気に留めなかった。
先ほど朝食を食べたのもあり、胡桃に飽きた真琴は他にないかとあたりを見る。
テーブルの上には爪楊枝と紙ナプキンがある程度。ポケットにはというと、リップクリームがあり……、
「それでな、弥彦はなんというか誰に似たのかどうにも気が早くていかん。ときには耐え忍ぶことも必要なのじゃよ……」
爪楊枝を支柱にしてナプキンの帆をつくる。半分に砕いた胡桃の殻を船に見立てて出来上がり。
「たまには帰ってくればよいのにのう。公務員なんていつも遊んでいるようなもんなのに……」
話がここに居ない理恵の父親にいたるところで船団の完成。
「あら真琴君、可愛らしいもの作ってるのね……」
気分転換なのか、理恵が胡桃の船団に興味を示す。
「ほほう、なかなか器用じゃの。コレは浮くのかのう?」
「大丈夫だと思いますよ。木とそんなに変わらないし」
「へえ、本当に浮くのかしら?」
荒っぽい理恵は帆をぽきりと折ってしまい、つまらなそうに捨ててしまう。
「ああ、酷い……」
「ふむ、それでは処女航海にでも……」
年甲斐もなく目をきらきらさせる久弥は、小さな一つを取りしげしげと見つめている。
不意にカップを持ち出すと、そこに冷めたコーヒーを注ぐ。それがある程度になったところで一隻が船出のときを迎える。
波立つコーヒーの上を右へと左へと揺れる船だったが、やがてやや右に傾きながらも姿勢を保ちはじめる。