僕とあたしの海辺の事件慕 プロローグ「夏の日の午後」-3
「あれ? アンタの分は?」
「僕のもソレ」
にっこり微笑む真琴だが、最近精悍さというかたくましさがあり、中性的な魅力が薄れていた。
「ケチなんだから……」
「ありがと」
でかかった喉仏がぐんぐんと動く。彼もそれなりに大人へと脱皮しかけているのだろう。
「ご馳走さま」
それは当然の成長なのだが、一方で思い出が上書きされていくことと、自分のモノという意識が乏しくなり、澪の心には寂しい隙間風のようでもあった。
「アンタが買ってきたんじゃない」
「だって澪と間接キスだもん。だからご馳走様」
「ばーか」
そして、こんな関節キス程度で見つめあうことから逃げる自分が嫌だった。
◆◇――◇◆
「そう、梓さんも戻って来たんだ……。元気だった? あ、元気だよね。でも……」
呼び出された理由は帰ってきた梓に顔を見せに行くということ。それを聞いた真琴は驚き半分、安堵三割、複雑二割の様子。
それというのも夏休み最初の三日間、彼女の別荘に招待された二人はとある事件に巻き込まれてしまったから。
二人はことなきを得るも、梓は深い心の傷を負った。
彼女を励ましてあげたいと思う一方、真琴は自分にそれができるのか不安がある。
なぜなら彼は梓の気持ちを知っているから。
彼女は自分を想い、自分は澪を想う……。
二律背反をなす心の迷路。
思春期を迎えたばかりの彼にはやや荷が重い出来事。
「でね、アタシ一人でいくのもあれだから、真琴にも来てもらおうと思ったの」
「うん。僕も梓さんに会いたいし、そのほうが……。さ、いこっか」
真琴は澪の手を引いて駆け出そうとする。
「あ、待ってよ真琴、そんな急がないで!」
なれないパンプスと丈の気になるスカートを翻し、澪もそれに続いた。
もっとも、真琴としては弱さを誤魔化すつもりなのだが、澪はそれに気付くことも無い。
**――**
代々続く資産家の家である真澄家は、小高い山の上にある。
この暑いなか坂を上るのは大変だが、周囲を見るのもそれなり非日常的な風景があり、軽いピクニック気分を楽しめる。
藤一郎氏が健在だったころは彼の運転する車で送られていたらしいが、今は自転車で坂を颯爽と駆けるお嬢様の姿がちらほらとか。
元気一杯の梓お嬢様。真琴の前ではいつも猫を被っていたが、本当は学食の焼きそばパンが大好きな普通の十七歳。
だからこそ、不安だった。
彼女は暴漢によってレイプされ、その状況を身内、友人に目撃された。いくら表ざたにならなかったとはいえ、耐えがたい苦痛であったのは事実。
正直真琴は会うのが辛かった。