3rd_Story〜絵画と2つの裏向く名前〜-6
4.Extraordinary
「と言う訳で、異様に短い事件編も終わり」
「誰に言ってんの?」
「いつもの如く、カフェMILDに来ている訳ですが」
「ねえ?」
里紅と黄依によるコントはさておき。先ほど絵画展から帰ってきて、そのままMILDにやってきた一行は、碧の淹れてくれたコーヒーを口にしつつ、談議と相成った訳である。議題は勿論、先ほどの事件について。因みに今の時刻は午後2時半。実は屡兎が戻ってくるまでに、優に1時間は掛かっており、展示場の中で非常に退屈な時間を過ごしていたのであった。文章量は1番少なくとも、経った時間は1番多い、なんだか理不尽な事件編である。
「ってか、屡兎さんは何してたんすか?」
「まあ、色々とな」
里紅が、その張本人である屡兎に聞いてみても、曖昧な返しをするばかり。その態度が癇に障ったのか、黄依が口を出す。
「色々って何?」
「なんだ? お兄ちゃんの事がそんなに気にな――」
擬音語で表せば正しく『パァン!』と書かれるであろうその音は、黄依の右手の掌と、屡兎の頭による絶妙なコンビネーションが生み出したものであった。簡単に言えば、黄依が屡兎の頭を叩いた、それだけの事なのだが。
「なあ、里紅」
「なんすか? 屡兎さん」
「最近黄依が冷たい気がするんだけど」
「それ、最近じゃ無いし、気のせいでも無いですよ」
「やっぱり?」
「はい」
「でもね、これでも昔は俺の後ろを『お兄ちゃん』って言いながら付いて来たんだぜ。そりゃあもうかわいいのなんの――」
ボケは2回繰り返すべし。ボケの為なら体を張るべし。ツッコミは思い切りやるべし。と、笑いの王道を実践した所で、清々しい程の快音を鳴らしている屡兎の頭が(色々な意味で)心配になって来た里紅。
「屡兎さん。さっきから話が進んでないです」
未だ話し始めてすらいないのだが。
「まあ、冗談はこれ位にしておいて。本題に入ろう」
目の渕にきらりと輝くものあり。泣かない、だって、お兄ちゃんだもん。
「何を色々としていたかと言うと、まあ、情報収集なんだけど。まずは事件の概要から――」
と、警部補である自らの立場を利用し手に入れた情報を連ねていく。尚、彼に言わせれば職権乱用なんてものは、妹への愛の前には無力らしい。それを聞いて里紅はこう思った。何言ってんだこいつ。
屡兎の話を要約すると、展示場には18点の絵画があり、その絵画がいっせいに発火した。展示場には監視カメラがあり、それによれば怪しい動き(絵画に不用意に近づく、絵画に何か仕掛けを施す)をしていた人物は、学芸員、里紅たち、その他の来場者を含め、全くいなかった。また、これらの絵画は全て隣町の美術館から借りてきたもので、そちらの絵画は全て燃えずに残っていた。展示場にいた学芸員も、その美術館に勤めているのだと言う。
「あとな、これが1番重要と言うか奇妙なんだが」
「なんすか?」
「10年前にあった絵画盗難事件知ってるか?」
屡兎の問いかけに、うーん、と唸る里紅。
「3年間ずっと盗まれ続けたってやつですか? 犯人がまだ捕まってない」
「そう。その事件で盗まれた絵画と、今回燃やされた絵画。同じなんだよ」
「……つまり、何か関係があるって事ですか?」
「多分だよ、多分」
重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、この話は終わりと、手に持っていた手帳を閉じる。碧にコーヒーのお代わりを頼むと、さて、と話を変える。
「里紅に聞きたいことがって、……里紅?」
当の里紅は目を瞑ったまま、黙り込んでしまっていた。屡兎の事を無視している訳でも、寝ている訳でもない。<彼>が出てくると、里紅はいつもこうなる。こうなってしまう。それはどうしたって避けられない現象であり、行動なのだ。
「今は無理」
そんな里紅にいつまでも呼びかける屡兎に、黄依が呟いた。
「無理? 何で?」
「何でも」
ふーん、と屡兎は腕を組み、里紅を眺める事にした。それから1分も経たない内に、里紅が徐に目を開けた。目の前のコーヒーに口をつけ、吐息を零す。
「なんか、しっくりこない」
誰に話しかけるでもなく、そう呟いて、里紅は天井を見上げた。白く塗られた天井からは幾つかの照明が吊り下がっている。そこにも答えは見つからない。
「何が?」
それに黄依が返す。
「全体的に」
「全体的に?」
「うん」
里紅は、立ち上がって大きく伸びをした。
「屡兎さん、ちょっと調べて欲しい事があるんですけど」