天使のすむ場所〜最後のドライブ〜-3
「先生、俺はあとどれくらい生きられますか?」
直人は、怯える表情をすることもなく淡々とした口調で松村先生に投げかけた。松村先生は、驚いた様子で、でも少し間をおいて、
「中川さんは、あとどれくらいだと思ってるの?」
と、逆の質問をしてきたんだ。直人は、苦笑いしながら、
「逆に聞かれちゃったか…。そうだね、たぶん体力的に1週間もつかどうかだって思ってる。」
まっすぐ先生の目をみて答えた言葉は、あまりにも私には残酷にしか聞こえなかった。
1週間?直人、本当にそう思ってるの?
「1週間か…。もう、私には検討がつかないよ。中川さんの生命力には本当に驚いている。君は、何度も命を落としかけた。余命1ヶ月だと思ったところから、2年以上も生きている。もう、これ以上私の予想はたたないんだよ。きっと、君は自分で自分の人生を決める、そう思えてしかたがないよ。」
先生も、苦笑いしながら澄んだ秋空を窓越しに見上げた。直人は、そんな先生の言葉をかみ締めるようにうつむき、そして顔をあげた。その顔は、最近見た中で一番誇り高き顔をしていた。
「先生、俺は自分で命の長さを決めたい。病気に負けないよ。」
直人がそう口にした翌日から、直人の希望で疼痛コントロールのために麻薬を使うことになった。麻薬の量は徐々に増えていく。しかし、今まで転がるような痛みを我慢していた直人の顔は一度も見られず、こうやって、穏やかに痛みもなく過ごす日が3日続いたのだ。その代わり、眠っている時間も長くなってきたのは事実である。けれど、直人はそれも承知で松村先生と薬の調整をしている。先生に言われるままでなく、あくまでも「自分の意思」で、だ。
「やっぱ行こうよ。久しぶりに二人で。運転は、美香ね。はい、決定。」
直人は私の言葉も待たずに、ナースコールを押し、看護師さんに「今から外出してきま〜す。」なんて呑気に話してる。もう、長い距離は歩けないのに。車椅子に乗って、病院玄関に停めてあるワゴンに乗り込む。まるで、初めて遠足に行くような幼稚園児の顔をして。
直人は昔からそうだった。自分のことは自分で決める。周りに流されずに、自分が納得しないと首を縦にふらなかった。頑固な人だったけど、彼の決断で失敗したことは一度だってない。