『てらす』-7
母は、身体の弱い人だった。
名門貴族の娘だった母は、父の元に政治の道具として嫁いだ。
それでも、母は父を愛した。
当時すでに義母と結婚していた父も、母を愛した。
仲の良い二人だった。
そんな二人を、義母は憎んでいた。
もともと義母は自我の強い人だった。
父を奪った母も、義母を捨てた父も許せなかったらしい。
義母の憎しみを地獄の鬼が聞き届けたのか。
二人は死んだ。
私が八つの時に父が死に。
その後を追うように、翌年、母も死んだ。
それでも、義母の憎しみは納まらなかった。
ぶつける相手を失った義母の憎しみ。
それは、私へと降り注いだ。
雨が、降っている。
静かに。
凍えてしまいそうなほど、冷たい雨。
窓から覗く空は暗く、景色が擦り切れるように細い雨が振る。
こんな日は何をして過ごそう。
どんなに掃除をしていても、陰鬱な気分は晴れなかった。
「今日は外にはいけないわね」
真っ黒な空を見つめながら呟く。
「そうですね」
一緒に床掃除をしていた侍女が答えてくれた。
誰に言ったわけでもないのに。
屋敷の中は雨のせいか湿っていて、酷く息苦しい。
こんな日は強く感じる。
どれだけ自分が外に出たがっているのかを。
「そういえば、お聞きになりました?」
侍女が床を掃いていた手を止める。
年が近いせいか、私達は仲が良かった。
「なにを?」
「今度、奥様が高名な道士様を屋敷に呼ばれたとか」
「道士様?」
脳裏に疑問が浮かぶ。
罰当たりなほど、現実主義者の義母が道士に用があるとは思えない。
「ほら、隻(せき)様のためですよ」
不意に出てきた兄の名前。
枯れ木のような細腕が脳裏に浮かぶ。
「ご存知ですか、お嬢様。道士様のお墨付きを頂くと、宮廷での出世が早くなるとか」
なるほど。
それなら納得できる。
兄を溺愛する母が考えそうなことだ。
「隻様ももう二十です。いくらお身体が弱いとは言っても、いつまでも屋敷で書物を読んでいるわけにはいきませんもの」
「お兄様はお役人様になるのかしら」
貴族の男子は必ずと言ってよいほど、宮廷に遣える。
武官になる者、文官になる者さまざまではあるけれど。
女子でも、女官になったり、帝の後宮に入ったりする者は多い。