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『てらす』
【歴史物 官能小説】

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『てらす』-4

「また、その言葉」

視界に映る私の両手はかたかたと震えている。
この部屋を我が物顔で使う女。
母との思い出を、満遍なく焚いた香で塗りつぶす女。

「他に言葉を知らないの? あなた」

私は、そんな女が。

「ご、ごめんなさい」

怖かった。
怖くて仕方がなかった。

「…早く仕事をしてきなさい。目障りよ」

苛立たしげに言う女。
私は一瞬だけ、垂れた頭を上げて女を見た。

「わかりました」

女は妖怪なのではないか。
そう思ってしまうほど整いすぎた顔立ちに、妖艶な瞳。
私を罵るその唇は、目を見張るほど艶やかで。

「義母様」

もうすぐ二十を迎える息子がいるとは思えないほど、美しかった。
不自然なほど衰えを知らない女の美しさ。
私はそんな義母が、この世で一番怖ろしいのだ。





逃げるようにして陽のあたる廊下を歩いた。
屋敷の廊下は、部屋を囲むようにして外に露呈している。
酷く顔が強張っている。
着物に付いた強烈な香の臭い。
吐き気がする。
立ち止まって、息を大きく吸い込む。
まるで長い間、暗い水の底に沈んでいたかのように。
私は、新鮮な空気を求めた。
少し落ち着いて、剥き出しになった屋根裏を見上げる。
息を吸いすぎたのか、視界のあちこちに季節外れの粉雪のような白い点が見えた。
それはまるで、擦り切れてしまった自分の残滓のようで。

「媚娘」

背後からかけられた突然の声。
振り返れば、痩身の男が立っていた。

「兄様」

男は腹違いの兄だった。
私と三つしか違わないのに、その表情は酷く老けている。

「また母様に苛められたのかい」

兄は枯れ木のように痩せた腕を、私に伸ばしてきた。

「あ…」

無意識に身体が強張る。

「…すまない」

下げられた兄の腕が、所在なさげにもう片方の腕を掴んだ。
濁った瞳で私を見つめる兄。

「いえ、私の方こそ」

兄は義母とは違って、私に優しい。
それでも、私はこの年の離れた兄が苦手だった。
なんだか不気味で。


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