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『てらす』
【歴史物 官能小説】

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『てらす』-3

「ありがと」

大きく吐息を漏らして、空を見上げる。
相変わらずの青空。
無限大に広がる青空。

「楽師になればいいのに」

空を眺めて、岩の上から足を揺らす。
融の笛を聞いた後は、頭がぼうっとしてしまう。
融は地面を見つめていた。

「牛飼いが楽師なんて聞いたことがない」

「そんなことないよ」

見下ろせば、力なく笑っている融がいて。

「じゃあ、お嬢様のお屋敷で雇ってもらおうかな」

「だから、私はもう…」

それから、私たちは何も言わなかった。
ただ黙って春の風を感じる。
そよそよと吹く風に髪が揺らめくのが心地よい。

「そろそろ行かないと」

そう言って立ち上がる融を、私は見送った。
一人になってから、再び桶に川の水を汲む。
重くなった水桶を抱えて、私は屋敷への道を歩き出した。





焚かれた香が鼻につく。
広い部屋。
見慣れた部屋。
中央には大きな椅子があった。
尊大な態度で椅子に座る女性。
寝起きのせいか、着ている着物はだらしなくはだけている。
傍に控えた侍女が、女の長い髪を丁寧に梳いていた。

「何をしていたの?」

落ち着いた声。
だけれども、底冷えのしそうなほど、冷たい声。

「か、川に水を汲みに」

廊下で私は声を震わせる。

「嘘」

その一言に、私は息を飲んだ。
ごくり、と喉が鳴る。

「どうせ近所の男と遊び呆けていたのでしょう」

侮蔑の表情を浮かべる女。
それでも、女は私を見ようとしない。
女が見るのは、もう一人の侍女に持たせた鏡だけ。

「全く。血は争えないものね」

私は頭を垂れながら、ただ時が過ぎるのを待っていた。

「淫蕩の血は」

胃の中のものを全て戻してしまいそうだった。
地獄のような時間。

「ごめんなさい」

見慣れた部屋。
かつて母が使っていた部屋。
大切な思い出がたくさん詰まっている。


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