天使のすむ場所〜小さな恋が、今〜-3
「お前も速水だろ。」
っていつも笑ってたっけ。
「懐かしいね・・・出会ってその日にプロポーズしてきたものね、お父さん。(笑)」
彼の顔をタオルで拭いながら、ちょっと恥ずかしそうに笑顔を作る。彼は、40年前と変わらない笑顔で、
「ありがと。」
と答える。酸素マスクの下で、いろいろな機械音が流れる病室で、はっきりと聞こえるように。
「やっぱり素敵な奥さんだね。いいな〜速水さん。」
看護師さんが、彼の顔を覗きながら冷やかし混じりで肩を叩いた。瞬間、彼は・・・それは、それはとても穏やかな笑顔で、
「ありがとう。」
とつぶやいた。
もう、酸素も手放せないのに。
もう、身体もひとりじゃ起こせないのに。
たくさんの機械に囲まれているのに。
彼は、40年前と変わらない。
思わず、涙が頬を伝った。嬉しくて、悲しくて、苦しくて・・・。すべての想いが、今溢れた。
看護師さんが、少しためらいがちに付け加える。でも、すごく笑顔で・・・
「速水さん、‘女は絶対に愛されたほうが幸せになる’って私に言ったんです。だから私‘じゃ〜速水さんは奥さんよりも愛情が大きいって思うの?’って聞いたんです。そしたら・・・自信満々に、‘当たり前じゃん。世界一いい女で、世界一愛しているよ。’って。奥さん、幸せですね。」
もう、言葉なんかいらなかった。
違う、言葉が出ないくらい泣いていた。
今まで、散々喧嘩して、離婚だって騒ぎもたくさんした。信じられないって思ったこともたくさんあった。でも、でも・・・。
私も精一杯の笑顔で、看護師さんに答える。
「はい、幸せです。」
彼は、いつまでもいつまでも穏やかに笑っていた。これで、今までの失態は全部チャラね、って顔して。もう、最後よければすべてよしってこと?ほんと、昔と変わらない。しょうがないから、最後の最後まで傍にいてあげる。でも、もし天国って世界があったら・・・私が逝くときは迎えにきてね。今度こそ、ちゃんと名前で呼ぶから。それまで、気長に待っていてね・・・敦、最後まで一緒にいようね。