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天使のすむ場所〜小さな恋が、今〜
【理想の恋愛 恋愛小説】

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天使のすむ場所〜小さな恋が、今〜-2

あれから、もう40年が過ぎたんだね。彼は、あれから夫になり、今日まで一緒に過ごしてきた。

 ピッピッピッピッピッ・・・規則的にリズムを刻む電子音が、彼の命を紡いでいる。それにほっとしている自分と、泣きたくなる自分。今日も彼は眠っているのか起きているのかわからない。

「お薬の時間ですよ。」

 夜勤の看護師さんが、病室に入ってきて、私の存在に気づいた。

「こんばんは。今日は早いですね」
 
 看護師さんは、夜分の薬を準備しながら話しかけてきてくれた。もう何年もお世話になっている病院。入退院を繰り返しているから、看護師さん達も先生方も家族のように接してくれる。

「こんばんは。あっ、私飲ませますから。」
「・・・はい、お願いしますね。」

 私がそう声をかけると、看護師さんは一瞬躊躇した。でもすぐに笑顔になって薬箱をテーブルにおいてくれた。私は、ペットボトルにストローをさして彼に声をかける。

「お父さん、薬の飲もうね。」

 彼はゆっくりと目をあけて、私の顔を確認すると子供のようにうなずいた。ベッドの背もたれをあげて、薬を口に運び水を含んで飲み込む。少しむせ込んだが、しっかりと飲めたみたい。その姿は、昔の面影がみてとれた。

まだ、水飲めるんだ・・・よかった。

 もう、彼の身体は治らない。治らないって言い方は正解じゃないかもしれない。もっと残酷に言えば、もってあと数日。今この瞬間、逝ってもおかしくない状態だと、昨日担当の先生から説明をうけた。でも、もうとっくに覚悟してたから泣くことはなかった。泣いたら負けのような気がして。彼はこの病気になって、余命宣告をされて、その時から随分頑張った。余命なんかとっくの昔に過ぎて、「俺、神様にすげぇ逆らってるよな〜。」なんて呑気に話してたくらい元気だった。私が泣いたのは、余命宣告を受けた時と・・・彼が「もう、うちに帰れないと思う。」って言った、1週間前だけだ。
 痛みがひどいから、痛み止めの薬が日に日に増える。そうすると、痛みはとれるけれど変わりに意識が朦朧としてくる。眠っている時間が長くなる。そうやって、少しずつ少しずつ天国に逝く準備を始めるんだって、最近ようやく理解した。だから、こうやって何かを話したり、何かを口にできたり・・・それだけで無性に嬉しくなる。理解してるのは、頭だけなんだな・・・そう思う。心はまだ、ついていかないんだと。

「速水さん、奥さんいるからすごく穏やかですね。」

私が黙っていたからか、看護師さんが話しかけてきた。苦笑いしながら、私は彼をみる。


「でも、いつも寝てばかりで・・・。」
「・・・確かにそうなんだけど、奥さんがいると全然違う。表情が穏やかだし、身体ももぞもぞ動かないです。落ち着いてますよ。」

握っていた彼の右手が、微かに、ほんの一瞬強く握り返してくれた気がした。

「速水さんね、よく奥さんとの恋愛話してくれたんですよ。奥さんと速水さん、同級生なんですよね?速水さんのこと、奥さんずっと速水くんって呼んでるって・・・笑って言ってましたよ。」

 陽気に話す看護師さんを、彼は見つめてなんだかにやけてる。

懐かしい・・・私は付き合ってからも、結婚してからもずっと、彼を名前で呼べずにいた。たくさん喧嘩して、そのぶん仲直りもした。でもいつも私が彼を呼ぶときは「速水くん」。子供達が産まれてからは、「お父さん」になっちゃったけど・・・。


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