空と海の間の君と僕-2
ベッさんのバカが後ろで何か言ってるけど、アタシはし〜らないっと。つーか、住宅地に入ったんだから静かにしろっての。ホント、気が利かないんだから。
ベッさんこと渡辺クンはアタシが入学式のときに一目惚れして、そのままずっと二年生になっても恋してるの。
渡辺クンがサッカー部に入ればアタシは迷わずサッカー部のマネージャーになったし、理系を選択すれば苦手だけど理系を選択したアタシ。
自分でいうのもあれだけど、結構一途なの(笑)でも好き過ぎて素直になれず、かわいくない女の子モードに入るアタシ。そーいうビミョーな女心わかんないクセに、渡辺クンて結構モテるから正直辛いな……。
文系の友達が言うには、渡辺クンはちょとV6の岡田クンが入ってんだって。そーいや、最近前髪センター分けにしてから本人も意識してんのかも。最近、アタシにやたら絡んでくる渡辺クンの今カノ(付き合って三ヶ月経過)は濱田の馬鹿けしかけてる張本人なんだよね。女の情報網はFBI、KGI、その他各国情報機関以上なんだからモロばれだっつーの。おめーがそーいうことすっから、ややこしくなっるんだよね。渡辺クンの今カノ、ホント、ダッチワイフ以下。表面だけしか磨いてんじゃねーよ。
アタシの男絡み問題に渡辺クンは首ツッコミ過ぎるから今回も絶対モメるね。振ったクセにヘンな義理を立てるとこもアタシが渡辺クンに惹かれる一つなんだけどなぁ。
「ベッさん、遅いよぅー!!!」
アタシは遥か後方をエッチラホッチラとチャリを押しながら坂道を登ってる渡辺クンに声をかける。
「ぅっせぇ!!!だったら、手伝え!!!」
渡辺クンはアタシを怒鳴るけど、すっごくイイ感じの笑顔をしている。
渡辺クンの目が細くなる笑顔がアタシは大好きで、今の笑顔も心の中に額に入れて飾っておこう。アタシだけの渡辺クンの『笑顔』という宝物。
きっと、お婆ちゃんになっても色褪せずに渡辺クンの『笑顔』は輝いているんだと思う。
「何??」
やや不機嫌に渡辺クンはアタシを睨む。
「ほっぺた、チョー真っ赤!!」
アタシは見とれていたコトをごまかすように、ミトンをはめた右手で渡辺クンを指しておどけて言う。
「お前なんか、鼻まで真っ赤じゃん!!!」
渡辺クンは片方だけに笑窪つくって言う。その顔、すんごい可愛いんですけど!!!
アタシはドキドキしながら、渡辺クンを待つ。そして、渡辺クンがアタシと向かい合う。
そう思った瞬間――!!!
ピシッッ!!!
アタシへのデコピン一閃。
「っいっったぁ〜〜!!!」アタシはおでこに手を当てて、叫ぶ。
1月の日が昇り切らない、薄暗い早朝の肌を刺す寒さが痛みを増長させる。アタシは思わず、涙を目に溢れさせる。
「へっへっへぇ〜。さっきの仕返し」
渡辺クンがやけに得意げになって言ってるのが結構馬鹿っぽく見えて、ビミョーにムカついてきた。
でも、アタシは少し大人になって渡辺クンのお尻を蹴飛ばさずに、どんどん坂道を登っていっちゃうのだ。だって、もうすぐ6時半過ぎるもん。さっきよりも、東の空が明るく空気の刺々しい寒さが緩んできたような気がする。
急がなきゃ!!!
アタシも渡辺クンも制服着ての決行するのがいつの間にか通例になってるけど、すっごい焦り始めてきた!!!
これからいつもの空き地まで阪急の線路越えていって、そっからJRのロータリーまで行って、解散してそれぞれの家に鞄取りに帰んなきゃいけないじゃん。いくら冬季の遅目の始業時間でも、急がなきゃ!!!
「ベッさん!!!時間、ヤバイよぅ!!!」
アタシは駆け足気味になりながら、後ろを振り返り渡辺クンに声をかける。
「あ〜、オレ、お前ん家のマンションに行く前に部室に鞄置いてきたから、駅から直接ガッコ行くつもり。だから、ゼンゼン余裕なんすワ」
渡辺クンはヘラヘラ笑いながら言うが、阪急線一駅分チャリをこいで坂道の上の学校まで行ってから、坂道の下のアタシの家まで来るのはかなりの徒労だ。
アタシは渡辺クンのそんな苦労を知らずにいたことをすごく恥ずかしく思った。そして、最も尊い人に対する残酷とも言える我が儘を言って、困惑させるしか出来ない自分自身を激しく嫌悪した。
――渡辺クン、もういいよ。彼女じゃないアタシに優し過ぎるよ――
アタシは寒さなのか、自分に対する情けなさなのか鼻の奥がツゥンと鋭く痛くなって、熱い涙が瞼から溢れそうになった。でも、渡辺クンに涙を見せる勇気のないアタシはミトンをはめた手で鼻と口を覆い、涙を堪えようと必死になるの。
――ゴメンネ、渡辺クン。こんな出来損ないのアタシにいつも付き合ってくれて――
いつの間にかアタシの隣を歩く渡辺クン。
「チャリ、押したげるぅ!!!」
アタシは泣きそうな顔を渡辺クンに見られたくないから、チャリの後ろに回って荷台をガーーッッて押すの。
「おい!!ばか!!!あぶねーって!!!」
アタシが後ろからいきなり押したせいで、左右に大きくチャリを揺らしながら渡辺クンは叫ぶ。
「きゃははっっっ!!!しっかり、進んでよぅ!!!」
アタシはチャリのコントロールを狂わせ、渡辺クンを困らせるようにガシガシ押しまくる。
「バカ!!マジやめろって!!!!うはっっ!!」
「ずぇっったいやだぁ!!ほぅらほらぁっっっ!!!」アタシと渡辺クンはギャーギャーわめきながら静まり返っている住宅街を駆け抜け、阪急の線路を越えて目的の空き地に着々と近づいていく。
時折、アタシは愛情と言葉に出来ない苛立ちの詰まった視線を渡辺クンの背中に放つ。当然、視線に気付くはずもなく渡辺クンはギャーギャー喚いている。
そんな渡辺クンの背中はまだ大人の男になってなくて華奢だけど、どこか逞しく見えた。
見ているうちにアタシは急に渡辺クンのその背中に罪悪感を感じるの。なぜだかわかんないまま、何度も何度もゴメンネと呟きながら坂道をアタシは登っていった。